最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(フィリピン編2)

あまりに知らないスラムのこと

2017年1月26日(木)16時30分
いとうせいこう

マニラのMSFオフィスに積まれた配布用コンドーム

<「国境なき医師団」(MSF)を取材することになった いとうせいこうさんは、ハイチ、ギリシャで現場の声を聞き、そして、今度はマニラを訪れた...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く

現地オフィスへ

 そして2016年11月22日、早朝に一度起きてWIFIのつながったスマホを見ると、福島で震度5弱の地震が発生していた。報道やツイッターでのつぶやきをちらほら読む限り、日本が安全で『国境なき医師団(MSF)』活動地が危険だとは決して言えなかった。世界のどこがMSFの活動地であってもおかしくないし、実際先日の熊本地震では日本がそうだったのである。

 7時半に前夜買っておいたパンを食べ、インスタントコーヒーを飲み、待ち合わせ時間ぴったりの8時に広報の谷口さんと共にマンションの1階に降りた。フロントに女性係員がいて、外には警備員がいた。それは24時間体制であるらしかった。

 建物を出ると白いバンが止まっていて、フロントガラスの端に小さくMSFのシールが貼られているのがわかった。ハイチなど同じくエクスパッツ(外国人派遣スタッフ)は決められた車で移動するとは聞いていたが、四駆が必須でない地域ではその横腹に目立つように名前を貼ったりせず、カスタマイズを最小限にするらしかった。

 異なる点はまた、車の出発前と到着時に氏名を確認しないことにもあった。現地オフィスがスタッフの動きを逐一把握するスタイルではなく、どうやら自分たちで視認する程度でよさそうだった。

 中にはすでに青いシャツを着た活動責任者のジョーダンがいた。挨拶するとすぐに「よく眠れたかい?」と聞いてくる。実際マラテ地区の道には朝方まで車が走り、クラクションを鳴らし、例のキャバレー風の店から女性たちの嬌声が聴こえ続けていた。だから、俺もひどく早い時間に起きてしまったのだ。

 「なんなら耳栓があるから言ってくれればいつでも」

 「あ、ありがとう。とりあえず大丈夫」

 そう答えつつ、後ろの座席に巨体のアフリカ人がいるのに気づいて軽く挨拶すると、彼ジェームス・ムタリアは眼鏡の奥のクリッとした目を動かして小さな声でようこそと言い、そのまま口をつぐんだ。この独特な人物に関しては、また別な場所で書こう。

 その日、マラテのマンション前からすぐ近くのエルミタ地区にある現地オフィスまで行くのは、この4人だった。

 着いたのは5分もしないうち。まったくもって至近距離であった。目的地の建物の入り口にも警備員がおり、中のフロントに人が詰めていた。マニラ自体がセキュリティ度の高い国であることを、俺は思い出した。昔中心部で夕飯を食べた時、レストランの入り口にウージー銃のようなものを持って立つ男がいたことなどを。

 そこは変わらないんだなあ。

 と思っているとエレベーターの前に小柄なアジア女性がいて、手にテイクアウトのコーヒーを持っていた。ジョーダンが彼女に挨拶をし、俺たちを紹介した。後ろから、身体の大きなジェームスはチノパンを低くはいた状態でゆっくり近づいてくる。

 彼女はMSF香港の広報スタッフ、ロセル・アン・G・ジュニオだった。その時は気づかなかったのだが、俺たちの取材を現地でコーディネートしてくれるのが彼女だった。ロセル自身フィリピン人なのでタガログ語の翻訳もしてくれる上、かの国は多くが英語堪能なのでこちらとの意思疎通も安心出来る。MSF香港の所属ではあれ、彼女はフィリピン人スタッフとして、今回ジェームスから要請を受けて俺たちのために日々働いてくれたのであった。

 さて、8階の現地オフィスへ行き、2部屋に別れたうちの海側に入って現地スタッフと握手などした俺たちはやがて大テーブルを囲んだ(ただしジェームスはすぐに別の部屋の自分のデスクの前に黙ってひょうひょうと移って行ってしまったのだが)。

 そこからがつまり、活動責任者によるマニラ・ミッションの概略説明であった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ゴールドマン、1─3月は債券低迷 利益予想超えも

ビジネス

米中古住宅販売、3月は3.6%減 在庫不足で9カ月

ワールド

トランプ氏、イランは合意望む 米のホルムズ海峡封鎖

ワールド

英仏、 米国のホルムズ封鎖に不参加 多国間枠組み策
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ「EV撤退」が示す、日本が失った力の正体
  • 2
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目のやり場に困る」姿にネット騒然
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 5
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 6
    トランプがまた暴走?「イラン海上封鎖」の勝算
  • 7
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 8
    「違法レベル...」ゼンデイヤの「完全に透けて見える…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    トランプ政権に逆風...「イラン戦争でインフレ再燃」…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中