最新記事

「国境なき医師団」を訪ねる

ヨーロッパの自己免疫疾患─ギリシャを歩いて感じたこと

2016年10月7日(金)17時00分
いとうせいこう

国会議事堂前、衛兵の立つ場所で待ち合わせて。

<「国境なき医師団」(MSF)の取材をはじめた いとうせいこうさんは、まずハイチを訪ね、今度はギリシャの難民キャンプで活動するMSFをおとずれた。「暴力や拷問を受けた人びとを対象としたプロジェクト」を取材し、そして、ギリシャの根幹が感じられる土地、アクロポリスを案内してもらった...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く
前回の記事:ギリシャまで、暴力や拷問から逃れてきた人々

たった一日での変化

 いつまで経っても俺は落ちた海に頭を突っ込んだままで息が出来なかった。波がぐらぐら揺れたあと、俺の体はぐんと海底の方に引っ張られ、より水温の低い層に吸い込まれた。なぜか頭皮ばかりが冷たかった。

 宿舎の硬いベッドで目を覚ましてすぐ、夢の要素が前夜のシャワーに直接関係しているのを理解した。お湯が出ず、俺は真水で髪を洗い、近くのスーパーで買っておいたタオルで全身をふいたのだった。

 ありがたいことにWifiは国境なき医師団、MSFの関連施設に完備していた。俺は洗面所へ行き、歯を磨き顔を洗い、生乾きのタオルを使いながら、スマホを見た。そして、トルコでクーデターが起きかけたというニュースを知った。

 ギリシャの隣国だった。数日後には至近の島へ取材に行く予定でもあった。そこでクーデターが実行されかけ、重要人物がこちらに向かっているとかいう記事も見た。前々日はフランスでテロがあったばかりだった。世界が不安定に揺さぶられ、あちこちで軸を失って物が倒れている気がした。

 それでも当日の取材は変わらず行われた。俺たちは近くまで地下鉄に乗って行き、ギリシャの国会議事堂前、すなわちシンタグマ広場へと歩いた。衛兵が二人、旧王宮であった薄オレンジ色の議事堂前に立ち、白いソックスにカーキ色の上っ張りを着て赤帽をかぶっていた。その衛兵の姿をさかんに直す上官がいて、やがて集まっている観光客に向かって写真を撮るように促した。俺はどういうわけか、いつの間にか最前列に飛び出しており、撮りたくもないのにスマホを構えなければならなかった。

 その観光地中の観光地で、俺たちはOCP(オペレーションセンター・パリ)から現地に配属された日本人スタッフ、梶村智子さんと待ち合わせていた。彼女はロジスティック・コーディネーターの下でサプライのマネージャーをしているとのことだった。つまり物資の供給を受け持っているわけだ。ちなみにこれがOCB(オペレーションセンター・ブリュッセル)だとサプライチームはロジスティックから独立して行動するというから、組織によって構成は異なるようだ。

 相変わらず快晴でひどく暑い陽気だった。太陽の下、俺はギリシャの現在の民主主義を代表する場所におり、周囲を見渡した。それが経済破綻をした国だとは思えなかった。小ぎれいな人が歩いていた。住民の顔はのんびりして見えた。確かに店は閉まりがちだったがギリシャ人が夜型なのを聞き知っていたからさほど気にならなかった。

 駅からの道で数人の物乞いは見た。中の二人は顔と手を白く塗っていて、白い布をまとっていた。古代の人物をあらわしているのだろうが、それが誰であるかわからなかった。がしかし、人々のチャリティ精神に訴えかける格好がいまだにあること自体、ひとつの社会の余裕のように俺は感じていた。

 果たしてこの国は本当に苦境に陥っているのだろうか。それがよくわからなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国特別検察官、尹前大統領の拘束令状請求 職権乱用

ワールド

ダライ・ラマ、「一介の仏教僧」として使命に注力 9

ワールド

台湾鴻海、第2四半期売上高は過去最高 地政学的・為

ワールド

BRICS財務相、IMF改革訴え 途上国の発言力強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中