最新記事

法からのぞく日本社会

都知事に都議会の解散権はない......が、本当に解散は不可能か?

2016年7月17日(日)15時30分
長嶺超輝(ライター)

 衆議院が解散されるとき、議場に衆議院議員が集まり、皆でいっせいに万歳三唱をするシーンは、ニュース報道などでもおなじみで、壮観な光景である。じつは、総理大臣が解散権を行使して衆議院を解散する場合、万歳三唱の直前に、衆議院議長は次のような一文を読み上げている。

「日本国憲法第7条により、衆議院を解散する!」

 では、そこに何があるのか、改めて日本国憲法第7条をチェックしてみたい。


◆日本国憲法 第7条
 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
〔中略〕
3 衆議院を解散すること。
〔後略〕

 ご覧のとおり、衆議院を解散する事実を公にお示しになる、天皇陛下の国事行為――そのことしか書かれていない。

 しかも、「内閣」の「助言と承認」である。とても、権限を定めた条文には見えないし、内閣に属するのが、総理大臣だけでないことは言うまでもない。

 また、天皇陛下の国事行為には、衆議院解散の他に「憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること」「国会を召集すること」「儀式を行うこと」などもある。では、これらもすべて、「公布権」「召集権」「儀式権」などとして、総理大臣の独断で実行できるのだろうか。そんな馬鹿な話はない。

 もし、憲法第7条から、総理大臣の独断で衆議院を解散する権限の存在を読み解ける人がいるとしたら、なかなか思い込みの激しいひねくれ者であろう。

 だが、戦後まもない1952年の夏、当時の吉田茂総理大臣は、内閣不信任決議の「な」の字も出ていない局面で、いきなり超法規的に衆議院の解散を宣言した。そして、実際に解散総選挙も行われてしまった。

 もちろん、この解散は憲法違反だとして大きな裁判にもなった。しかし、一国の総理大臣による高度に政治性のある判断に対し、むやみに司法が首を突っ込むべきではないとして、当時の最高裁判所は憲法判断を避けた。

 こうした出来事が既成事実となり、60年以上が経過した今でも、「衆議院解散権」という政治的駆け引きの武器が、歴代の総理大臣に連綿と引き継がれているのである。

 もっとも、内閣総理大臣は通常、衆議院議員でもある。衆議院の解散権は、自らの立場をなげうって、また候補者の立場から選挙をやりなおさねばならない「諸刃の剣」となっている。そのため、たとえ強力な権限だとしても、軽々しく行使できない歯止めがかかっており、何の法的根拠もないくせに、妙なバランスで保たれている。

 小池候補もこれを見習って、都知事に当選した暁には、地方自治法のいろんな条文をテクニカルに解釈しながら、「都議会の解散権」なるものを導き出してみてはいかがだろうか。その結果、どうなっても関知しませんけど。

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中