最新記事

法からのぞく日本社会

都知事に都議会の解散権はない......が、本当に解散は不可能か?

2016年7月17日(日)15時30分
長嶺超輝(ライター)

 多くの住民からダイレクトな支持を集めて選ばれた知事は、強い権限を与えられ、その権限を積極的に振るうことも民主的に正当化されうる。日本の地方自治制度は、アメリカなどの大統領制に近いとされる。

 総理大臣は、国会議員の多数決のみで選ばれる。そのため、重要な政治決断をする局面では、国会における多数派工作の鍵を握る与党幹部の顔色さえ窺っておけば十分だろう。たまに国民の意思も気にするが、それは「内閣支持率」という間接的かつ抽象的な指標のアップダウンを気にしているにすぎない。

 一方で知事は、その都道府県に住む国民のことを気にしないわけにはいかない。ヘタなことをすれば、次の選挙で直接クビにされる生々しい関係性があるからだ。

 では、知事になると具体的に、どのような権限を握ることができるのか。

 まず、知事単独での「議案提出権」(地方自治法149条)が与えられる。新しい独自ルールのアイデア(条例案)や、次年度の税金等の使い道プラン(予算案)を、知事は自分の考えでとりまとめて議会に提出できるのである。

 ちなみに、議案提出権は、アメリカ大統領にはない権限らしい。日本の内閣総理大臣も単独での議案提出は許されず、内閣の閣議を経る必要がある。

 東京都を仮に、都民を乗せる「乗り物」だとしたら、都の職員がエンジンであり、都知事は運転席でハンドルを握っているドライバーの役割だろう。しかし、それだけで乗り物は前へ進まない。行き先を決める地図やカーナビのような「条例」を用意し、乗り物の燃料になる「予算」を、年に1度補給できなければ止まったままなのである。

 知事が提出する条例案や予算案も、「案」のままでは機能しない。議案の提出を受けた議会が、議論と多数決を経て、正式な条例や予算として成立させることにより、ようやく乗り物が動き出す。これが基本的な地方自治の流れである。

 ただ、知事には「専決処分」という、さらに強い権限がある(地方自治法179条、180条)。知事の出した議案をめぐって激しい対立が巻き起こるなど、様々な理由で議会がストップした場合や、緊急を要する場合などには、議会の議決を待たなくても、知事はとりあえず実行してしまえるのである。

 ある意味で無茶ともいえる権限ではあるが、知事が住民の多数から直接選ばれ、信任されているからこそ、このような専決処分も許される。

 ただ、それほど民主的正統度の高い知事にもかかわらず、議会を一方的、積極的に解散させる権限は持たされていない。一方で、総理大臣は、衆議院の解散権を「伝家の宝刀」として、常にその手に握っているとされる。なぜだろうか。

総理大臣の衆議院解散権に、法的根拠はない?

 衆議院の解散については、日本国憲法の第69条に定められている。


◆日本国憲法 第69条
 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 これは、不信任決議に対するリアクションとしての解散を定めており、冒頭に挙げた地方自治法178条1項と同様の規定にすぎない。よって、この条文を、常時行使可能な「解散権」の根拠とするわけにはいかない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド機墜落事故、米当局が現地調査 遺体身元確認作

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、円安で買い優勢 前週末の

ビジネス

アマゾン、豪データセンターに5年間で130億ドル投

ワールド

イラン世界最大級ガス田で一部生産停止、イスラエル攻
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中