最新記事

ニュースデータ

日本の生徒は「儀礼的」に教師に従っているだけ

2016年6月7日(火)17時30分
舞田敏彦(教育社会学者)

 何とも結構なことだ。それならば、日本では生徒と教師の関係がさぞ良好だと思われるが、実際はどうなのか。<図1>の縦軸を、「私は、大抵の先生とうまくやっている」の肯定率に変えると<図2>のようになる。

maita160607-chart02.jpg

 2つの指標は傾向としては負の相関関係(右下がりの傾向)にあり、左上から右下の範囲に位置する国が多い。右上と左下にあるのは、特殊なケースだ。

 日本の特異性は際立っていて、左下の極地にある。教師の言うことを聞く生徒は多いが、教師と良好な関係にある生徒は少ない。何とも変わった社会だ。

 アメリカの社会学者ロバート・K・マートンの表現を使うと、日本の生徒は「儀礼的」な戦略を取っていることになる。勉強に興味は持てないし、本当は(ウザい)教師の言うことなど聞きたくないが、成績に響いたり退学になったりすると困るので仕方なく従順にしているという具合だ。

 マートンは、文化的目標にコミットしていなくても、そのための制度的手段を(やむなく)承認する適応様式を「儀礼型」と名付けた。日本の生徒のケースでは、勉強して偉くなろうとは思わないが、学校を卒業しないと落伍者の烙印を押されてしまう、という強迫観念に突き動かされていることになる。<図2>のグラフは、そのような生徒が教室に多くいることを示唆している。

「儀礼型」人間について、マートンは著書で次のように述べている。「外部から観察すると、本人は、謙虚で思慮分別があり、見栄をはらない。自発的な自己抑制によって、彼は、自分の目的や大望を制限し、冒険や危険に伴う快楽をすべて拒絶する」(森東吾訳『社会理論と社会構造』みすず書房、1961年)。確かに、日本の生徒のイメージと重なる。

【参考記事】未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

 このような儀礼的戦略を幼い頃から行使し続けると、どういう人格形成がされるのか。おそらくは、自分の頭で考えることをせず、周囲に機械的に合わせるだけの付和雷同型の人間ができ上がる。過剰適応型人間と言えるかもしれない。日本の企業社会は、このような人々によって支えられている側面がある。法を遵守しない、やりたい放題のブラック企業がはびこる土壌の一端もここにある。

 そう考えれば、<図2>のグラフで最も問題なのは、左下の位置する国々かもしれない。日本と同様、受験競争が激しい韓国もこのゾーンに位置している。最終的な目標を見いだせないまま、形式的に学校という制度にこだわる。そのような儀礼的戦略を取る生徒が多い社会ということになる。

 外国の研究者を驚かせる日本の生徒の適応様式は、内面の同調を伴わない儀礼的なものであり、単純に誇れるものではないと認識する必要がある。

 現在では、インターネットを使って簡単に知識を得ることができる。そのような情報化社会で、学校だけが教育の場であり続けることはできない。しかし日本では、学校への絶対信仰がいまだに強く、必要性が感じられなくても、生徒は長期間学校に通うことを強いられる。教育機会の多様化が議論されているが、子ども期は「学校がすべて」という現状からの変化を望みたい。

<資料:OECD「PISA 2009」

筆者の記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

小米の新型電動SUV「YU7」に注文殺到、株価は最

ビジネス

孫SBG会長「10年後にASIで世界一」、オープン

ワールド

中東紛争「悪魔的な激しさで激化」、ローマ教皇が国際

ワールド

買い入れ償却巡り「様々な意見」、慎重な検討していき
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 2
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉仕する」ポーズ...アルバム写真に「女性蔑視」批判
  • 3
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事実...ただの迷子ですら勝手に海外の養子に
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    富裕層が「流出する国」、中国を抜いた1位は...「金…
  • 10
    単なる「スシ・ビール」を超えた...「賛否分かれる」…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中