最新記事

インタビュー

『海よりもまだ深く』是枝裕和監督に聞く

2016年5月17日(火)16時20分
大橋 希(本誌記者)

inter160517-03.jpg

ギャンブル好きの良多に付き合う後輩探偵役の池松壮亮(右)もいい味を出している ©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ


――じゃあ今回も楽しみですね。

 でも正直言うと、この小さな話をカンヌに持っていくのはかなりチャレンジングなんだ。選んでもらえたことは誇りに思うが、ヨーロッパで家族の話といえば人種や移民の問題を背景にするのが大前提だったりするから。まず笑ってくれるかどうか。だってドリフなんて知らないし、仏壇の灰にも感情はわかないでしょ?

『歩いても 歩いても』はフランスで温かく受け入れてもらい、劇場に来てくれたお客さんも日本より多かった。でも、「バス停であの親子は握手をするけど、なぜハグしないのか」と聞かれた。「日本でハグはしない。親子ではたぶん握手すらしない」と言ったら、かなり驚かれた。だから今回の作品の親子関係のどういうところが冷たく見えて、どういうところが甘いと見えるのかは分からない。

――「なりたかった大人になれるわけじゃない」というのが映画のテーマでもある。「なりたかった大人」になれている感じはするか。

 今はこの仕事が自分に合っていると思っていますが、なりたかった職業かといえばそうではなくて。ずれてここにたどり着いちゃった。

――もともと小説家を志望していたそうだが、これからチャレンジする可能性も?

 ないないない。書いてみたことはあるが、自分に小説の才能はないと分かりました。先日、小説家の小川洋子さんと初めて対談したんだけど、小川さんは僕と同い年で、同じ大学の同じ学科なの。早稲田の第一文学部の文芸専修。そして海燕文学新人賞を取って芥川賞という、当時の僕が思い描いていた大人になった人です。僕の目の前に、自分がなりたかった大人がいた。

 結果的には良かったけどね。それこそこの仕事は僕を大人にしたと思う。小説家という1人でやる仕事で食えるようになっていたら、もっと偏屈になっていた。もともとコミュニケーション能力はあまりないが、仕事で必要だからいろんな人と話せるようになった。今でも自分は嫌なやつだと思うが、この仕事で「社会化」されたんです。それはすごくよかった。

――良多みたいな男が実際に自分の周りにいたらとんでもなく迷惑だが、この映画では、どこか愛すべき人に思えてしまう。阿部さんの存在感なのか、脚本のうまさなのか。

 阿部さんじゃないですかね。阿部さんと一緒に考えていたのは、「こんな人がそばにいたら嫌だ」と思われても、「もう見たくない」とは思われないようにしようということ。もう見たくないと思われたらダメだから、そのぎりぎりのところが重要だった。

 彼が真木さんの膝を触る場面で、僕は脚本に「足首に触る」と書いた。そうしたら阿部さんはずっと「足首かぁ」と悩んでいた。「真木さんは小柄で、体の大きい僕が足首を触ったらかなり威圧的に見える......監督、足首じゃなくてもいいですか」と。膝のほうが笑えたね、たぶん。足首をつかんだら、キャラクター的に少し強く出たかもしれない。

――良多の入浴場面に驚いたが、あの旧式の風呂は実際に残っているのか。

 残っていない。団地は空き室になると、まず風呂と水回りを新しくするから。

――それをわざわざ旧式のものにしたのは?

 良多たちが泊まるとなったとき、母親が「じゃあ、お風呂沸かそう」って急に元気になる。リビングから風呂場に行って、ガスを点火するんだけど、そのときの「ガチャコン、ガチャコン」ってハンドルを回す音がほしかったの。

 僕自身があの音を聞いて、母親が嬉しそうだと思った記憶があるわけ。久し振りに実家に帰って風呂に入る、つまり泊まっていくことを母親が喜んでいる。自分にとってはそういう音。だからどうしてもあの音を撮りたかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米制裁は「たわ言」、ロシアの大物実業家が批判

ワールド

ロシアの石油・ガス歳入、5月は3分の1減少へ=ロイ

ビジネス

中国碧桂園、清算審理が延期 香港裁判所で来月11日

ワールド

米声優、AI企業を提訴 声を無断使用か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中