最新記事

ネット

「ネット言論のダークサイド」を計算機で解析する ── データ分析による報道の技術とその再現性 ──

英ガーディアンが記事への炎上コメントをクラウドコンピューティングで解析、その傾向は──

2016年5月10日(火)22時31分
大野圭一朗

ガーディアンのサイトに書き込まれてきたコメントの総数は7000万件を超え、そのうち2%が不適切なものとしてブロックされていた

概要

 英ガーディアン社は、ウェブ版の記事に寄せられた大量のコメントを計算機により解析し、コメントによるハラスメントの傾向を分析した。同社はそれに用いた技術的側面も公開したため、その詳細について検討した。このようなデータ分析は報道の現場でも今後重要度を増し、プロセスの透明性や解析の再現性といった、科学論文執筆関わる諸問題に類似した課題に直面すると予想される。それらの解決に利用可能な技術についても検討した。

はじめに

 CMSの普及以後、個人ブログに限らず、コメント欄を開放している大手メディアのウェブサイトもよく見かけます。大手の場合、管理者があまりにひどい罵詈雑言などは各社の規定に基づきブロックしますが、そうでないものは基本的には掲載されます。大手になればなるほどサイトを訪れる人も増え、このモデレーションの作業が大変になるため、労力に対して吊り合わないと言う理由でコメント欄を閉じてしまうサイトも多いです。しかしイギリスの老舗メディアの一つであるガーディアン紙は、それでもなお読者からのフィードバックはジャーナリストにとっても重要だと信じ、今でもコメント欄を開放しています。90年代末から書き込まれてきたコメントの総数は、今では7,000万件を超える膨大なものとなっています。

 このコメント欄の価値に関して一石を投じる分析が、ガーディアン紙自身によって行われました。この分析がなかなか興味深かったのでここで背景も含めて紹介します。

gardians01.jpg


記事の背景

 殆どの方が体感的におわかりだと思いますが、利用者の多いサイトのあらゆるコメント欄というものはいずれ荒れるものです。これは世界共通の現象です。そこで一定の秩序を保つためには、ある程度のモデレーションが必要です。分かりやすい罵詈雑言などは機械的なフィルタリング(正規表現によるNGワードのマッチング)で可能ですが、ヘイトスピーチなどをこの手法だけで取り除くのは困難です。なぜならば、言葉遣いは非常に丁寧でも相手を罵倒したり差別したりすることは可能だからです。例えば、


「人種Xに属する人々は大変知能が低く、現代的な文明というものを持っていないのです。彼らを力で支配し、正しく導くのは我々の責務だと思われます」


と言う文は完全にヘイトスピーチですが、いわゆる放送禁止用語や分かりやすい罵倒語、わいせつな言葉などを含まないため、シンプルな機械的フィルタリングで取り除くのは困難です。そういった理由もあって、コメントのブロックや削除は未だに人間のモデレータによって行われています。

 しかしこのうんざりするような長年の手作業の副産物として、彼らは一つの巨大なデータセットを生み出しました。すなわち、人の手によって分類された膨大な数のコメントです。ガーディアン紙では、モデレータにより不適切なコメントを、ガイドラインに沿ってブロック、もしくは削除しています。

gardians02.jpg

 このように人がコメントの内容に沿って掲載するかブロックするかを決めているのですが、ブロックされたコメントもデータベースには記録として残っています。7,000万のコメントのうち、およそ2%に当たる140万件のコメントが不適切なものとして分類されたそうです。多くは攻撃的で不適切な内容だったそうですが、これには脱線しすぎたコメント、いわゆるオフ・トピックなものも含まれています。つまり、彼らは人の手で分類された膨大な量の「攻撃的なもの/そうで無いもの」と仕分けされたコメントのデータベースを持っているのです。

gardians03.png

この記事からはブロックされたコメントのリアルタイム表示が見られる (上のスクリーンショットは4/13/2016 7:05PM PSTに取られたもの)

 ガーディアン紙の解析チームは一つの仮説を立て、それをこの長年蓄積されたデータを使って定量的に検証してみることにしました。その仮説は以下のものです:


Articles written by women attract more abuse and dismissive trolling than those written by men, regardless of what the article is about.

女性によって書かれた記事は、その内容に関わらず、嫌がらせや軽蔑的な煽りの対象になりやすい


 つまり女性によって書かれた記事は、女性が書いたという理由だけで軽んじられたり、おかしな人をひきつけやすいと言う仮説です。これはしばしば言われてきたことですが、定量的に大規模なデータから分析した例はあまりないと思います。そこで彼らは実際にやってみることにしました。

なぜジェンダーに関する仮説なのか?
 これは割とシンプルな理由で、仮説としてわかりやすいのと、データの分類時に真偽の二値で扱えるために解析が行いやすかったからだと思います。他の性的マイノリティーや人種に関する属性をメインにすると、よりデータの自動分類が難しいという理由もあったと思います(後述)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電

ワールド

中国、海南島で自由貿易実験開始 中堅国並み1130

ワールド

米主要産油3州、第4四半期の石油・ガス生産量は横ば

ビジネス

今回会合での日銀利上げの可能性、高いと考えている=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中