最新記事

ネット

「ネット言論のダークサイド」を計算機で解析する ── データ分析による報道の技術とその再現性 ──

2016年5月10日(火)22時31分
大野圭一朗


解析の結果

 はたして、その結果はうんざりするものでした:


The 10 regular writers who got the most abuse were eight women (four white and four non-white) and two black men. Two of the women and one of the men were gay. And of the eight women in the "top 10", one was Muslim and one Jewish.

And the 10 regular writers who got the least abuse? All men.




定期的に記事を執筆している記者のうち、最も多くの嫌がらせを受けた10人の内訳は、8人が女性で2人が黒人男性だった。そのうち2人の女性と1人の男性はゲイだった。その「トップテン」の8人の女性うち、1人はムスリムで、1人はユダヤ人だった。

そして最も嫌がらせを受けた回数が少なかった10人は、全員男性だった。


 この結果を導き出したのは、計算機によるデータ解析でした。解析結果についても思うところはあるのですが、ここでは技術的な部分についてのみ注目してみます。実はこの記事に合わせて、解析チームの方がこの解析に使った手法についてかなり詳細に書いています:

gardians04.jpg


対象とする読者

 本稿ではこの記事に書いてある手法を、技術者ではない方に向けて解説してみます。ですからプログラマの方などが読まれると冗長に感じられるかと思いますが、そこはご勘弁を。専門家向けの記事と、「データ解析」という言葉が事実上「魔法」と同義語で使われている全く技術に触れない記事はたくさんあるのですが、その中間が埋まっていないように感じていたというのが執筆の動機の一つです。実例の解説は、その「魔法」にかかった靄を取り除き、実際の作業がどのくらい地味なものかを明らかにすることができると思います。

gardians05b.jpg

元の記事では、結果を可視化したものが見られる (© The Guardian)

 なお結果の詳細は、D3.jsを使ったインタラクティブなチャートとして元記事に掲載されていますので是非ご覧になってみてください。「ジャズや競馬[注]の話題に関しては穏やかなコメントが比較的多いが、フェミニズムやパレスチナ問題のコメント欄はかなり荒れる」と言う、どこかで聞いたような話だな...と思わず苦笑してしまうような事実がデータに基づき図表で解説されています。実際の嫌がらせの内容にも触れていますので、読んでいてあまり気持ちのいいものではない部分もありますが、「誰でも自由に発信できる世界」に対して記者の方々が払っているコストの生々しい実態が読めます。
[注]: イギリスの記事ですから、日本の競馬とは雰囲気や意味合いがかなり異なるので、そこは注意して読んでください 。

gardians05.png

仮説検証のための技術

 今回の分析では、複雑な統計解析は行われていません。最終的に得られたデータを可視化して、それを使って仮説が正しいかどうかざっと眺めるような作業になっています。基本的な流れとしては、手元にあるデータに欠けている情報を追加し、複数のデータセットを統合し、フィルタリングし、ブラウザ上で可視化するというものです。これは可視化を伴う分析を行う場合の最も基本的な作業です。ただし今回は比較的大きなデータを使っていますので、一部は商用クラウドサービス上でSpark(後述)を利用しています。ここからは実際に使われたデータやツール、手法について詳しくみていきます。

gardians06.png

可視化を目的にする場合の典型的な作業の流れ。基本的に、大量のデータを人間が把握できる大きさまで「濃縮」する作業と言い換えることができる。

使われた技術

 今回使われたツールは、データ分析を業務として行っている方々にはおなじみのものばかりです。例を挙げると:

・テキスト処理のためのPerlスクリプト
・Amazon Web Service (S3, Redshift, EMR)
・Apache Spark
・PostgreSQL
・D3.js
・HTML5

などです。これらのツールは以下のように分類できます。

・データを蓄積して検索可能にする技術: PostgreSQL, S3, Redshift
・データを加工するプログラム: Perlスクリプト
・大規模なデータを複数の計算機で処理する技術: Spark
・それらを実行するための環境を提供する技術: AWS全般, EMR
・最終的なユーザー(今回のケースでは読者)がデータをわかりやすく見られるようにする技術: D3.js, HTML5

これらが実際にはどう使われたのかは後ほど見ていきます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ADP民間雇用、8月は5.4万人増 予想下回る

ビジネス

米の雇用主提供医療保険料、来年6─7%上昇か=マー

ワールド

ウクライナ支援の有志国会合開催、安全の保証を協議

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中