最新記事

ネット

「ネット言論のダークサイド」を計算機で解析する ── データ分析による報道の技術とその再現性 ──

2016年5月10日(火)22時31分
大野圭一朗


データセット

今回解析の対象となったコメントデータは以下のような特徴を持ちます:

コメントデータベース

・1/4/1999 ~ 3/2/2016の間にガーディアン紙のサイトにて書き込まれたコメント。ソーシャルメディアなどでの記事への言及は含まない
コメント総数7,000万件
・うち22,000件が2006年以前に書き込まれた。つまりほとんどがそれ以降のもの
・コメント欄は通常三日間オープンとなり、その間に読者が書き込める。それ以後は読むことのみ可能。したがって、ニュースに対する比較的初期のレスポンスがコメントとして集まる
・コメントは、モデレータにより「ブロックされたもの」と「通常のコメント」に分類されている
・実際のデータはPostgreSQLデータベースに格納
・解析にあたり、実際に新聞社のサイトで使われているデータベースをコピーしてAWS上にアップロード

ブロックと削除の違い
 記事がサイトに表示されない場合、それはガイドラインに沿ってブロックされたか、削除されたのかどちらかとなります。今回の解析では、データとしては残っているが、内容がガイドライン違反なので非表示とされたコメント、すなわちブロックされたコメントをその記事に対する煽り・嫌がらせとしてカウントしています。

gardians07.png

 逆にデータに残っていない(したがって今回利用されていない)削除の対象となったコメントは「ブロックされたコメントへの返信」「単純なスパム」となっています。

記事のデータベース

 コメントは記事に対して書き込まれます。したがって、記事が誰によって書かれたのか、どのような内容だったのかということを合わせて解析するためには記事のデータベースが必要です。ガーディアン社の記事データベースは以下のようなものです:

・オンライン版の記事総数はおよそ200万
・Amazon Web ServiceのRedshiftに格納
・このデータベースは公開APIに接続されていて、外部の人もプログラムから検索をかけることが可能

Amazon Web Serviceとは何か?
またここでもAmazonが出てきました。最近のプログラマは空気のように使っている技術ですが、それ以外の人にとっては「なんで通販会社が新聞社のデータ解析に関係あるの?」ということになりかねないので、ここで簡単に説明しておきます。

 Amazonは本の通信販売の会社として始まりましたが、成長の過程で、その大量のオーダーを裁くために無数のサーバーを含む巨大なシステムを構築しました。そこを維持するためには、ハードウェア・ソフトウェア両面の様々なノウハウが必要なのですが、先見の明のあったAmazon社の社長は、そのノウハウをベースに構築された高度な計算機システムを、外部の人に時間貸しという形で提供するビジネスを思いつきました。それがAmazon Web Service (AWS)と呼ばれるサービスです。これを解説し始めると本1冊以上の分量になってしまうので詳細は割愛しますが、企業はこれを利用することにより、自社内にサーバーを持って、データベースを構築して、バックアップを取って、電源を適切に管理して...という作業を外部化することができます。しかもありとあらゆるものが仮想化という技術をベースに抽象化されていますので、まるでソフトウェアを実行するように新しいサーバーを構築し、それをいらなくなったらコマンド一つで捨てる、ということが行えます。いわゆるビッグデータ(私はこの言葉の定義が非常に曖昧であるため、あまり好きではありませんが...)を解析するような場合、必要な量だけのストレージ、つまりデータの置き場を用意し、必要な数だけの計算機を時間単位で借りて一気に解析する、ということが可能です。

 このような「時間貸し計算機」のサービスは、現在の大量のデータを生み出す社会の中で重要な役割を果たしています。AWSやその他の大手クラウドコンピューティングサービスは世界中のあらゆる企業によって使われています。また企業ばかりではなく、私の職場のような非営利の研究機関でもこのサービスは利用されています。大量の塩基配列情報を処理するのに、安い時間帯(AWSは、時間によって値段の変動するオークション形式も採用しています)に一気に多数の計算機を借りて解析を実行する、というようなことも始まっています。

ガーディアン社でのAWSの利用
 ここでガーディアン社の使っているAmazon Redshiftと呼ばれるサービスは、いわゆるデータウェアハウスを外部に構築する際に使われるものです。新聞社にとって命とも言える記事のデータを全てここに格納し、解析や検索が行える状態になっています。社内の解析チームが直接使っているものとは異なると思いますが、この記事データベースは一般の方にも開放されています。英語ですが使い方も書いてありますので、興味のある方は遊んでみてはどうでしょう。ちょっと試すだけなら、ブラウザからもアクセスできます

gardians08.png

このデータベースに対して適切な検索条件を送信することにより、著者のデータも得ることができます。今回は「最低2回はガーディアン紙上に記事を書いたことのある人」という条件で著者名のリストを得ました。その総計はおよそ12,000人でした。しかしここで問題が一つあります。今回の仮説は男女の差に関わるものなのに、著者の性別はデータベースには存在しないのです。この問題を彼らはどう解決したのでしょうか?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ南部、医療機関向け燃料あと3日で枯渇 WHOが

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

米経済の減速必要、インフレ率2%回帰に向け=ボスト

ワールド

中国国家主席、セルビアと「共通の未来」 東欧と関係
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中