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今も日本に同化できずにいる中国残留孤児たち

家族を含めた帰国総数は1万人弱、残留孤児一世と二世の知られざる苦境に焦点を当てた『中国残留孤児 70年の孤独』

2016年2月12日(金)17時41分
印南敦史(書評家、ライター)

 書名からもわかるとおり、『中国残留孤児 70年の孤独』(平井美帆著、集英社インターナショナル)は、中国残留孤児の過去、そして現在にも焦点を当てた優れたノンフィクション。「人」に寄り添う徹底した取材によって、表に出る機会の少ない問題の本質を見事に突いた内容になっている。人と向き合って取材することの大切さを、改めて思い知らされた。

 ストーリーの中心となっているのは、東京・御徒町の一角にある「NPO法人 中国帰国者・日中友好の会」が運営する「中国残留孤児の家」だ。著者はそこに集う残留孤児たちと話をし、一緒に行動して距離を縮め、彼らの本音を引き出すことに成功している。


 一日に入れ代わり立ち代わり、四十人から五十人が「中国残留孤児の家」にやってきて、仲間との時間を楽しむ。(中略)集いの場の誕生は、孤児たちの長い闘いにさかのぼる。
 政府による帰国支援が遅れ、多くの日本人孤児が日本に帰国できたのは、四十歳、五十歳を超えてからだった。日本語の習得は難しく、社会の仕組みもわからない。せっかく帰国した祖国で人びとは低賃金の重労働に追いやられ、人並みの生活すらままならなかった。(28ページより)

 中国残留孤児とは、旧厚生省(現厚生労働省)の定義によれば、1945年8月9日のソ連の対日参戦時に旧満州国で肉親と離別し、身元がわからなくなった12歳以下の日本人児童のこと。これまでに日中両政府が日本人孤児と認めた数は2818人で、うち日本に永住帰国した孤児は2556人。家族を含めた孤児の帰国総数は9377人となっているという(2016年1月31日現在)。

【参考記事】路上生活・借金・離婚・癌......ものを書くことが彼女を救った

 80年代には、肉親を求めて日本を訪れる彼らの姿がテレビの画面に頻繁に映し出された。当時まだ20代だった私も、映像を見ながら「気の毒だな」というような思いを漠然と抱いていた。しかし、そもそも「気の毒」とか「かわいそう」というような言葉がいかに空虚なものであるかは、いまになってみれば痛いほどわかる。なぜならその苦悩は、そんな単純な言葉に置き換えられるものではないはずだから。考え方をあえて単純化し、「実の親と離れ離れになってしまったとしたら......」とイメージしてみれば、多くの人がその思いに近づけるのではないか。

 事実、本書の第一章と第二章には、中国での、あるいは日本に戻ってきてからの彼らに襲いかかる過酷な現実が描写されている。中国からの帰国者はまず埼玉県所沢市にある「中国帰国者定着促進センター」で日本語や社会習慣について学ぶというが、そのために与えられた期間はわずか4カ月間。以後、各地に「中国帰国者支援交流センター」が設置されたことから8カ月間に伸びたとはいうものの、その程度で言葉や文化の壁をクリアできるはずもない。

 ましてや帰国者の大半は40〜50代が中心である。若いならまだしも、その年齢で未知の言語や文化を習得することが、いかに困難であるかはすぐに理解できる。そして結果的に、彼らの多くは職に就くことができず、生活保護を受けるしかなく、社会に同化できないまま生きていかざるを得なくなるのである。

 いまでは70代になった彼らの言動や物腰は、少なくとも本書で見る限り穏やかに思える。しかしそれは「現在」から彼らを見た結果でしかなく、笑顔の裏側に理不尽な現実があったことを私たちは少しでも理解する必要がある。

 ところで本書のもうひとつのポイントは、中国残留孤児二世にも焦点を当てていることだ。私たちにとって、二世は一世よりもさらに知る機会が限られた存在であり、そもそも彼らの現実が明らかにされることも少ない。一世と二世の違いを見極めることも容易ではないが、だからこそ、ここで彼らのことを取り上げていることには大きな意義がある。

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