最新記事

米大統領選

ドナルド・トランプはヒトラーと同じデマゴーグ【後編】

「米国」を擬人化する一方で、イスラム教徒は傷つけても構わない「モノ」に貶める扇動技法

2016年1月27日(水)18時15分
ジェニファー・マルシエカ(テキサスA&M大学コミュニケーション学教授)

事実には無関心 都合の悪いデータはトランプの目には入らない Gretchen Ertl-REUTERS

前編へ)

 デマゴーグは、誤った前提に基づいて立論し、理性よりも感情に訴えるため、「多数論証」や「脅迫論証」、「人身攻撃」などの技巧に頼ることがしばしばだ。

 トランプはまた、「逆言法」という修辞技法を使う。逆言法は、「それについては話したくない」と言って責任を回避しながら自分が望む話題を提起し、強調するやり方だ。

 例えば、昨年12月1日にニューハンプシャー州でトランプは次のように語っている。「(ほかの候補者は)そろって弱く、とにかく弱い。はっきり言うとすれば、総じて弱い。ただ、それで論争になるのはいやだから、そのことは言わないようにしよう。彼らが総じて弱いということには触れないよういしよう」

トランプの究極の誤謬

 では、イスラム教徒に関する2015年12月7日のトランプの悪名高い声明に戻って分析してみよう。



 さまざまな世論調査のデータを見るまでもなく、憎悪が理解を超えたものであることは誰にも明らかだ。この憎悪はどこから来て、なぜ私たちは解決を迫られているのか。この問題と、この問題がはらむ危険な脅威を、われわれがこの問題を特定し理解できるようなるまで、ジハード(聖戦)をひたすら信じて、理性を失い、人命も尊重しないような人々による残虐な攻撃に対して、米国を犠牲にすることはできない。もし私が大統領選挙に勝利すれば、われわれは「米国を再び偉大な国」にできる。

 トランプはこの声明の中で、アメリカ例外論と、イスラム教徒の米国への憎悪の両方を、自明の理(議論の余地がないこと)と決めつけている。トランプに言わせるば、この2点は、大衆の知恵(多数論証)に支持されており、「誰にとっても明らか」なのだ。

 トランプはまた、イスラム教徒を、ジハードをひたすら信じる、憎悪でいっぱいの、人命を尊重しない人々だと定義している。トランプは、モノ(米国)を人として、人(イスラム教徒)をモノとして扱う(関係代名詞に「who」ではなく「that」を使うことでモノだとほのめかされている)方法によって、「自明の理」同士を結合し、自分の主張の根拠としている。「ジハードをひたすら信じる人々による残虐な攻撃に対して、米国を犠牲にすることはできない」

 トランプの土台となる論理は、アメリカはこうしたモノの犠牲者だというものだ。モノについては、人ほど配慮する必要がない。だから、私たちがイスラム教徒を入国させないことは正当化される。

 最後に、トランプは「証拠」を都合よく歪曲することを指摘しておこう。トランプによれば、アメリカに住むイスラム教徒たちへの調査結果として、「回答者の25%が、アメリカ人への暴力は正当化される」と答えたとされている。だが、この調査の出所である安全保障政策センター(CSP)は、反イスラムのシンクタンクだといわれる。

 また同じ調査で、アメリカに住むイスラム教徒の61%が「預言者ムハンマド、コーラン、あるいはイスラム教信仰を侮辱した人々に対する暴力は許容できない」と回答している点に、トランプは触れていない。アメリカ人への暴力をグローバル・ジハードの一環として正当化することはできないと考える人が64%に上ることにも言及していない。

 残念ながら、真のデマゴーグの常として、トランプは「事実」には関心がないようだ。(前編

Jennifer Mercieca, Associate Professor of Communication and Director of the Aggie Agora, Texas A&M University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

The Conversation

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中