最新記事

文化

郊外の多文化主義(1)

2015年12月7日(月)16時05分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

多文化主義は失敗した?

 2010年、ドイツのメルケル首相は「多文化主義は完全に失敗した(Der Ansatz für Multikulti ist gescheitert,absolut gescheitert!)」と宣言し、また翌2011年2月、イギリスのキャメロン首相も「国家による多文化主義は......われわれにとって好ましい社会のビジョンを提供するのに失敗した」と発言するに至り、ヨーロッパを代表する二つの先進国のリーダーらによる暗鬱な認識の表明は国内外に大きな衝撃を与えた。さらに、同2011年7月には、「イスラムによる乗っ取りから西欧を守る」ことを動機とする「反多文化主義革命」を掲げたアンネシュ・ブレイビクによって、77名が射殺等されるノルウェー連続テロ事件が引き起こされた。

 2015年1月に発生したシャルリ・エブド襲撃事件、そして11月のパリ同時多発テロ事件の記憶も未だ鮮烈だが、欧州では長年にわたる移民政策の帰結として、多くの国々で主として郊外の公営団地などに集住する外国人居住者たちをめぐる問題が露わになり、結果、右に述べたような暗鬱な認識が、しばしば排外主義を前面に押し出した極右政党の伸張などを伴う形で、ひろがりを見せるようになっている。

 ケナン・マリク(Kenan Malik)によるなら、30年前にはヨーロッパにおける社会問題の「解決策」として持てはやされた「多文化主義」が、現在では社会問題の「原因」そのものとさえ見なされるようになってしまったわけである。以下ではマリクが近時『フォーリン・アフェアーズ』誌(2015年3‐4月号)に発表した簡にして要を得た論文「多文化主義の失敗(The Failure of Multiculturalism)」を紹介しながら、現在の欧州における移民と多文化主義をめぐる問題状況を概観してみたい。

 先ずイギリスでは、1950年代に労働力不足を補うために積極的な移民の受け入れを行ってきたが、70年後半から80年代初頭にかけて人種暴動に悩まされるようになった。政府はこれに対応するため、国・地方の双方のレベルで、黒人とアジア系のコミュニティを主流のホスト社会側の政治プロセスに組み入れようとした。具体的には、特定の組織やコミュニティのリーダーに彼らの利害を代表させたのである。この施策は「差異への権利」を正面から肯定するものであり、この権利を否定することはレイシズムとして指弾されるまでになった。しかし、特定の組織やリーダーに、その集団の利害を代表させても、それが本当のその集団の代表者であるという保証は無い(白人全体の代表などが存在しないのと同じ)。このように積極的な多文化主義がとられた結果は、破滅的(catastrophic)なものであり、近年においては、2011年には全国に波及する形での人種問題を発火点とした暴動が発生するに至った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

台湾輸出額、2カ月連続で過去最高更新 米関税巡り需

ビジネス

独裁国家との貿易拡大、EU存亡の脅威に=ECBブロ

ビジネス

ドイツ輸出、5月は予想以上の減少 米国向けが2カ月

ビジネス

中国自動車販売、6月は前年比+18.6% 一部EV
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 9
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中