最新記事

文化

郊外の多文化主義(1)

2015年12月7日(月)16時05分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

 次にドイツだが、ドイツ連邦統計局によると、国内の移民人口は2014年に過去最高の1,100万人に達し、全人口の5分の1が何らかの形で外国のバックグラウンドを持つこととなった。ドイツで長らく問題となってきたのは、トルコからのガストアルバイター(出稼ぎ労働者)である。当初、彼らは一時的な滞在者と見なされていたが、その後、家族を呼び寄せるなどして人口を増加させて行った。これに対し、ドイツ政府はトルコ人移民たちに市民権(citizenship)を付与した上で、彼ら固有の文化・言語・生活様式を保持することを推奨するかたちでの多文化主義政策を採り、結果として、国内にホスト社会から分離した多数のパラレル・コミュニティを生み出すこととなった。このような形で存在するトルコ人のムスリム・コミュニティに対し、2011年の調査では40%のドイツ人が、それを「脅威」と捉えている。

 また、ドイツでは近年、中東などから多くの難民申請者が流入しているが、2015年9月2日の内務省の発表によると、難民収容施設への放火などの難民への攻撃が続発し、その数は年始から8月末までに337件に達している。難民の増加に伴う犯罪の急増にドイツ政府は危機感を強めているが、急激な難民の流入はドイツだけに限られた問題ではなく、現在、欧州全体が未曾有の「難民危機」に晒されている。

 最後にフランスだが、明示的に多文化主義を掲げた右の2カ国とは異なり、同国は当初から多文化主義を拒否し、同化主義(assimilationism)を採用してきたことが注記される。

 フランスには500万人(全人口の7~8%)のムスリムが居住していると言われ、西ヨーロッパ最大のムスリム・コミュニティが存在している。過去20年の間に、公立学校でのイスラム・ヴェール着用禁止をめぐる事件や、郊外(banlieue)のムスリム移民の若者による暴動などの問題が発生しており、近年では2005年のパリ郊外を発火点とした全国暴動、そして、既に触れたシャルリ・エブド事件などが発生するに至っている。

 フランスの同化政策は多文化主義の対極にあり、すべての個人を特定の人種やエスニック、あるいは文化集団の一員としてではなく、あくまで「ひとりの市民」として扱う。しかし、現実にはフランスは英独と同じように社会的に分断されている。フランスは多文化主義を明確に拒否してきたが、北アフリカからの移民とその子孫たちを単一のコミュニティ=ムスリム集団として扱ってきた点で、「多文化主義」のネガとも言える施策を実行してきたのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金与正氏、日米韓の軍事訓練けん制 対抗措置

ワールド

ネパール、暫定首相にカルキ元最高裁長官 来年3月総

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中