最新記事

英中関係

ダライ・ラマ効果を払拭した英中「黄金」の朝貢外交

【動画あり】キャメロン英首相はチベット問題で冷却化した関係を修復、習近平訪英で経済的実利を得たが

2015年10月22日(木)17時39分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

「黄金期」の犠牲に 2012年のキャメロンとダライ・ラマ14世の会見により始まった史上最悪の英中関係は終わったが(2015年9月、英オックスフォードで会見を開くダライ・ラマ) Darren Staples-REUTERS

「英中の黄金時代が到来した」習近平国家主席は21日、キャメロン英首相との首脳会談で高らかに宣言した。

 なるほど、確かに英国にとっては"黄金"の到来だったかもしれない。訪英には多くの起業家が帯同し、無数の提携、契約、商談が取り交わされた。原子力発電所建設や新高速鉄道建設、インフラ整備への出資など、総額は約400億ポンド(約7兆3900億円)に達する。訪英がなくとも実現した契約も含まれているとはいえ、英国人の目には習近平が金の雨を降らせる男、レインメーカーに映ったのではないだろうか。

21世紀の朝貢外交とダライ・ラマ効果

 近年大々的に展開されている「レインメーカー外交」だが、前近代の朝貢貿易を思わせる。中華帝国は周辺諸国に統治権を認め、王号や官職を授与する冊封体制を築いていた。周辺国が中華帝国に従う儀礼を行うことで、皇帝の徳が世界に及んでいることを示し、王朝の正統性を担保する役割を担っていた。

 朝貢貿易はこの儀礼を利用したもので、周辺国は中華帝国に使節を派遣する際に貢ぎ物を送るが、実は、皇帝は徳を示すために貢ぎ物をはるかに上回る恩賜(返礼)を与えることとなっていた。貢ぎ物をすればするだけ儲かるという、周辺国にとってはなんともありがたいシステムである。

 習近平訪英によって英中の蜜月が満天下に示されたが、わずか3年前には英中関係は「史上最悪」と評されていた。2012年5月にキャメロン首相がダライ・ラマ14世と会見したことに中国は猛反発、一気に関係を冷却化させた。独仏が中国との関係を深め、次々と恩賜を戴くなか、英国だけがそでにされるという状況が続いた。

「ダライ・ラマ効果」という言葉がある。2010年にドイツ人研究者が発表した論文「Paying a Visit: The Dalai Lama Effect on International Trade」で使われた言葉だ。ダライ・ラマ14世と首脳が会見した国は、その後、対中輸出が2年間にわたり平均8.1%減少することを論証した研究である。

財務相が主導する人権問題無視の対中外交

 まさにダライ・ラマ効果の直撃を食らった英国だったが、約1年半でみそぎが終わり、2013年12月にキャメロン首相の訪中が認められる。手痛い罰を食らった英国は一転して人権問題を無視し、急速に中国と接近する。今回の訪英でも英国は異例の格式で周近平を出迎えた。宿泊はバッキンガム宮殿、エリザベス女王主催の晩餐会、中国首脳として初の英議会での演説......。江沢民元国家主席、胡錦濤前国家主席に対する待遇をはるかに上回る厚遇ぶりだ。

当然ながら、国営のCCTV(中国中央電視台)では習近平訪英が大きく取り上げられた

 こうした対中接近はオズボーン財務相が主導しているため、人権問題無視の対中融和策は「オズボーン主義」と皮肉をこめて呼ばれている。アジア投資インフラ銀行(AIIB)には西側主要国としては真っ先に参加を表明した。今年9月にはオズボーン財務相が弾圧と暴力事件が続く新疆ウイグル自治区を訪問し、平和と安定を演出する中国のプロパガンダに一役買ってもいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国務長官、NATO会議欠席へ ウ和平交渉重大局面

ビジネス

米国株式市場=5営業日続伸、感謝祭明けで薄商い

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 運

ワールド

感謝祭当日オンライン売上高約64億ドル、AI活用急
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中