最新記事

生命科学

3人の親を持つ子供がイギリスで生まれる?

遺伝病を持つ母親の卵子核を健康な女性のものと交換する技術が承認された

2015年2月12日(木)15時11分
アバニシュ・パンディ

倫理的反対も ミトコンドリア遺伝子の欠陥からくる難病の予防に役立つとされるが Juan GartnerーScience Photo Library/Getty Images

 英下院は先週、体外受精の際にカップルが別の女性の卵子を利用する治療法を世界で初めて承認した。これによって、遺伝子上3人の「親」を持つ子供が生まれる可能性が広がった。

 子供は父と母の2人の親から遺伝情報を受け継いで誕生する。だが細胞の中でエネルギーをつくり出すミトコンドリアの遺伝子は、母親からのみ子供へ受け継がれる。このミトコンドリアの遺伝子に欠陥を持つのが「ミトコンドリア病」。臓器や筋肉の働きが損われる難病で、新生児の約6500人に1人が発症するが、確かな治療法はない。

 承認されたのはミトコンドリア病の女性の卵子から核を取り出し、健康な別の女性の卵子核と交換する技術。これでミトコンドリア病が子に伝わるのを防げるかもしれない。この手順で作られる受精卵は3人の「親」の遺伝子を受け継ぐ。両親の遺伝子と、卵子核を提供する女性のミトコンドリア遺伝子だ。

 この技術を開発した英ウェルカム・トラスト・ミトコンドリア研究センターのダグ・ターンブル所長は、ミトコンドリアの遺伝子を交換する技術を承認するよう議会に求めていた。「承認が遅れれば、年齢的にそろそろ妊娠を諦めざるを得ない女性たちが苦しむだけだ。妊娠の機会を逃してしまう」と、ターンブルは言う。「遺伝子に問題はあるが健康な子供が欲しい女性の中には、この技術の承認が唯一の希望という人もいる」

 だが技術の承認には、倫理や宗教、医学の見地から反対の声があった。「技術の安全性と効果を証明する必要がある」と、英国国教会の医療倫理顧問を務めるブレンダン・マッカーシーは言う。カトリック教会のジョン・シェリントン司教は下院の投票前に「この方法には倫理的に反対すべき大きな理由がある。人の胚を破壊することだ」との声明を発表した。やがて遺伝子を選んでつくる「デザイナーベビー」の誕生につながるという懸念もある。

 その一方でノーベル賞受賞者を含む14カ国40人の科学者は、英下院に技術の承認を求めた。「ミトコンドリアの移植は、健康な子供を持つ機会を人々に与え得るものだ」

 イギリスを二分した新たな医療技術は、早ければ年内にも実施される可能性がある。

[2015年2月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、週内にUAEとサウジ訪問=ロシアメディ

ワールド

EU法がポーランド中銀総裁を保護、次期政権が起訴な

ワールド

米国のウクライナ支援資金「年末に枯渇」、予算局長が

ビジネス

米テスラ、11月の中国製EV販売は前年同月比17.
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イスラエルの過信
特集:イスラエルの過信
2023年12月12日号(12/ 5発売)

ハイテク兵器が「ローテク」ハマスには無力だった ── その事実がアメリカと西側に突き付ける教訓

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    下半身ほとんど「丸出し」でダンス...米歌手の「不謹慎すぎる」ビデオ撮影に教会を提供した司祭がクビに

  • 2

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不意打ちだった」露運輸相

  • 3

    下半身が「丸見え」...これで合ってるの? セレブ花嫁のウェディングドレスに驚きの声「明らかに問題」

  • 4

    完全コピーされた、キャサリン妃の「かなり挑発的な…

  • 5

    周庭(アグネス・チョウ)の無事を喜ぶ資格など私た…

  • 6

    上半身はスリムな体型を強調し、下半身はぶかぶかジ…

  • 7

    ロシア兵に狙われた味方兵士を救った、ウクライナ「…

  • 8

    「ダイアナ妃ファッション」をコピーするように言わ…

  • 9

    米空軍の最新鋭ステルス爆撃機「B-21レイダー」は中…

  • 10

    AI乱用への警鐘?...気持ち悪すぎて「見るに堪えない…

  • 1

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不意打ちだった」露運輸相

  • 2

    最新の「四角い潜水艦」で中国がインド太平洋の覇者になる?

  • 3

    完全コピーされた、キャサリン妃の「かなり挑発的なドレス」への賛否

  • 4

    「大谷翔平の犬」コーイケルホンディエに隠された深…

  • 5

    米空軍の最新鋭ステルス爆撃機「B-21レイダー」は中…

  • 6

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破…

  • 7

    ミャンマー分裂?内戦拡大で中国が軍事介入の構え

  • 8

    男たちが立ち上がる『ゴジラ-1.0』のご都合主義

  • 9

    下半身が「丸見え」...これで合ってるの? セレブ花…

  • 10

    「ダイアナ妃ファッション」をコピーするように言わ…

  • 1

    <動画>裸の男が何人も...戦闘拒否して脱がされ、「穴」に放り込まれたロシア兵たち

  • 2

    <動画>ウクライナ軍がHIMARSでロシアの多連装ロケットシステムを爆砕する瞬間

  • 3

    「アルツハイマー型認知症は腸内細菌を通じて伝染する」とラット実験で実証される

  • 4

    戦闘動画がハリウッドを超えた?早朝のアウディーイ…

  • 5

    リフォーム中のTikToker、壁紙を剥がしたら「隠し扉…

  • 6

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破…

  • 7

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不…

  • 8

    ここまで効果的...ロシアが誇る黒海艦隊の揚陸艦を撃…

  • 9

    また撃破!ウクライナにとってロシア黒海艦隊が最重…

  • 10

    またやられてる!ロシアの見かけ倒し主力戦車T-90Mの…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中