最新記事

英雄

マララの国連演説にタリバンの遠ぼえ

世界で喝采されるパキスタンの若き人権活動家に武装勢力の幹部が送り付けた公開書簡の中身

2013年8月2日(金)11時27分
ジョナサン・デハート

勇気 堂々としたマララの演説には多くの称賛が贈られた Brendan McDermid-Reuters

 昨年10月、パキスタン北西部でイスラム武装勢力のパキスタン・タリバン運動(TTP)に銃撃された少女マララ・ユサフザイ。頭部に重傷を負いながら見事に回復し、16歳の誕生日の今月12日にニューヨークの国連本部で演説を行った。

 世界各国から集まった少年少女500人以上が見守るなか、マララは「テロリストは私の志を断とうとしたが、逆に私の人生から恐れや絶望感が消え、力と勇気が生まれた」と語った。そしてすべての人たち、特に「タリバンやテロリスト、過激派勢力の子供たち」にとって教育が重要だと訴えた。

 演説の後、意外な人物から反応があった。TTPの幹部アドナン・ラシードが、彼女に宛てた公開書簡を地元メディアに送ったのだ。文面からは、武装勢力内にマララ襲撃事件の動揺が走っている様子がうかがえる。

 ラシードはタリバンの代表としてではなく、「個人の立場」で自らが抱く問題意識や警戒心を書き連ねている。襲撃は「あなたが学校に通っていたからでも、教育を望むからでもなかった」と主張し、あんな事件は「起きてほしくなかった」と、心境を吐露する箇所もあった。

 ラシードはたどたどしい英語で、タリバンもイスラム戦士も、いかなる男女や子供の教育に反対しないと主張する。その上で、「あなたが挑発的な文章を書き、スワト渓谷でイスラム体制を築くわれわれの努力を阻む中傷作戦を展開中だと、タリバンは考えている」ことを肝に銘じてほしいとつづっている。

「マララは故郷に戻れ」

 彼は獄中で見たテレビで、マララの活動を初めて知った。同じパシュトゥン人のユサフザイ部族ゆえに、「親身な」気持ちで忠告する必要性を感じていたという。銃撃事件が起きたときには「早く助言しておけばよかった」と思ったらしい。

 一方で襲撃の道義上の是非には言及せず、判断は「全能の神アラーに委ねよう」と逃げる。かと思うと、世界がユダヤ人や秘密結社のフリーメーソンに支配されると指摘し、70年代にキッシンジャー米国務長官がポリオワクチンによる「不妊化」で世界人口の8割減少を企てたという陰謀論まで飛び出す。

 自分たちの暴挙を正当化するのも忘れない。タリバンが教育施設を爆破するのは、パキスタン軍が基地代わりに使うからだと説明。マララが米CIAの無人機作戦の犠牲になったら、今のように注目されることもなかったのではないかと、彼女に質問を投げ掛けた。

 銃撃事件の核心となる教育問題では、19世紀の英政治家マコーリー卿を引き合いに出す。彼はイギリス統治下のインドに自分たちの教育制度を押し付け、「外見はインド人だが中身はイギリス人で、われわれの通訳となってくれるような人材を育てる」ことを目指したと批判。マララに対して、「故郷に戻り、イスラムとパシュトゥンの文化を身に付けイスラムの女子校に入る」ことを提案した。

 公開書簡には、西洋文化に支配されることへの恐れがあふれている。タリバンから見れば、マララは「マコーリー卿の子」であり、文明間の対立で間違った側に立っている。

 国連の世界教育特使を務めるブラウン英前首相は、「彼女のおかげでタリバンは完全に守勢に立った」と感想を述べた。

 ラシードの書簡から分かるのは、マララの勇気ある行動が効果を出しているということだろう。ブラウンはこうも語った。「女子教育のためにマララと活動を共にしてきた大勢の人が、タリバンに影響を与えていることが明らかになった」

[2013年7月30日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英製造業PMI、10月49.7に改善 ジャガー生産

ビジネス

ユーロ圏製造業PMI、10月は50 輸出受注が4カ

ビジネス

独製造業PMI、10月改定49.6 生産減速

ワールド

高市首相との会談「普通のこと」、台湾代表 中国批判
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中