最新記事

薬物疑惑

アームストロング、ドーピング闘争断念の真相

自転車レースの王者が反ドーピング機関との法廷闘争を放棄した本当の理由とは

2012年8月27日(月)16時54分
ジョシュ・レビン

大きい代償 自転車競技から永久追放処分を科されたアームストロング Mike Hutchings-Reuters

 ランス・アームストロングが自転車レースの世界最高峰ツール・ド・フランスで7年連続総合優勝という偉業を達成できたのは、ドーピングを行っていたからなのか──。

 残念ながら、そう信じたい人にとっては十分な証拠が揃っている。一方、彼の潔白を信じるファンにも、ドーピング疑惑を否定する確たる根拠があった。アームストロングの禁止薬物使用を声高に告発した元チームメイト、タイラー・ハミルトンとフロイド・ランディスは平気で嘘をつく人間だったから。

 ハミルトンは、04年アテネ五輪の自転車競技・個人タイムトライアルで金メダルを獲得したが、05年のドーピング検査で陽性反応が出た。その際は巧みに言い逃れたものの、5年後にドーピングを認めた(金メダルは剥奪された)。

 もう一人のランディスは06年のツール・ド・フランスで総合優勝を果たしたが、後にドーピング疑惑が浮上。当初は、検査で陽性反応が出たのは前日に飲んだウイスキーのせいだと言い張ったが、2010年には選手生活を通してパフォーマンス向上薬を使用していたことを認めた(タイトルは剥奪)。

 アームストロングはこれまでドーピング疑惑を否定し続けてきたが、先週になって容疑に意義を申し立てるのをやめると発表した。声明の中でアームストロングは、米反ドーピング機構(USADA)による調査は「違法な魔女狩りだ」と批判しながらも、無実を主張して争う代わりに「この馬鹿げた騒動から手を引く」と述べた。

 これを受けてUSADAは翌日、アームストロングの全タイトル剥奪と自転車競技からの永久追放処分を発表した。

ロジャー・クレメンスの二の舞に

 疑問なのは、これまで一貫して無実を主張しUSADAと戦い続けてきた男が、なぜ今あきらめたのか。さまざまな憶測が飛び交っているが、真の理由は、親友が敵に回る可能性が出てきたからかもしれない。

 アームストロングが最も信頼を置くチームメイトだったジョージ・ヒンカピーがここにきて、USADAによる聴取でアームストロングの薬物使用を証言するとの見方が強まっていた。ヒンカピーといえば、ハミルトンやランディスとは違って、誠実で信頼でき、自転車業界の誰もが信じるような人物だ。

 ヒンカピーが証言すれば、アームストロングに及ぼす打撃は致命的だ。米大リーグ(MLB)元投手のロジャー・クレメンスの例を見るといい。今年5月に元同僚のアンディ・ペティットが、クレメンスはニューヨーク・ヤンキースの現役時代にヒト成長ホルモン(hGH)を使っていたと証言。その後、結局は無罪判決を勝ち取ったものの、クレメンスの名声は地に落ちた。

 ヒンカピーの証言は、もっと直接的で広範囲にわたる可能性が高かった。アームストロングのチーム全体にドーピングの嫌疑がかかるなか、ヒンカピーは処分軽減と引き換えに自身の薬物使用も認めるのではないかとみられていた。

 アームストロングは今回の決断で、多くのものを失った。それでも検証の場で戦うことを放棄することによって、「自分は不当に糾弾された」と主張し続けることはできるようになった。

 この戦略は既に功を奏している。個人スポンサーであるナイキは声明文の中で、「ランスは無実を訴えてきたし、その主張が揺らいだことはない」とした。「ナイキは今後もランスを支援し続ける」
 
© 2012, Slate

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾総統、強権的な指導者崇拝を批判 中国軍事パレー

ワールド

セルビアはロシアとの協力関係の改善望む=ブチッチ大

ワールド

EU気候変動目標の交渉、フランスが首脳レベルへの引

ワールド

米高裁も不法移民送還に違法判断、政権の「敵性外国人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 9
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中