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マクロスコープ:賃金の地域格差「雪だるま式」、トランプ関税追い打ち 好循環途絶も

2025年07月01日(火)11時26分

 7月1日、 日本経済の持続的な成長の鍵を握る賃金を巡って、大きな懸念が浮上している。群馬県高崎市の自動車部品工場で4月撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)

Yusuke Ogawa

[東京 1日 ロイター] - 日本経済の持続的な成長の鍵を握る賃金を巡って、大きな懸念が浮上している。深刻化する地域間格差だ。トランプ関税の影響がすでに表面化している地域もあり、格差が雪だるま式に広がる兆しが見え隠れする。こうした構図が定着するようだと、政府・日銀が目指す「賃金と物価の好循環」シナリオは破綻しかねない。

地方圏は中小企業が多く、大企業からのコスト削減要求によって経営が悪化しやすくなっている。ただでさえ三大都市圏(首都圏・東海・関西)とそれ以外の地域における正社員の年収格差は、2024年は約134万円と21年に比べて約15%拡大した。

「(日本企業の賃上げは)巡航軌道に乗りかけている状況ではないか」。連合の芳野友子会長が5月の記者会見でこう語った通り、25年の春季労使交渉(春闘)の平均賃上げ率は、直近の集計によると、全体で5.26%と2年連続の5%台を維持し、組合員数300人未満の中小企業でも4.70%を確保する。

規模にかかわらず順調に賃金が上がっているように見えるが、元々の給与水準が違えば、同程度の伸び率でも実際の金額差は大きい。加えて、基本給を底上げするベースアップの繰り返しは複利のような効果をもたらし、両者の差は急速に広がっていく。

この規模間格差は、実はそのまま「地域間格差」でもある。そう説明するのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林啓介研究員だ。小林氏は「大企業は都市部に集中し、地方の企業の多くは中小企業。企業規模ごとの賃金差は、都市と地方の所得格差を映している」と話す。

新型コロナウイルス禍では、外食をはじめとしたサービス産業で働く人が多い都市圏で年収が大きく下落し、地域間の賃金格差が一時的に縮小する局面もあった。だが、経済が回復に向かうと、真っ先に息を吹き返したのは大企業だった。

中小企業の多くは財務基盤がぜい弱で、賃上げの原資を確保するのは容易でない。小林氏の調べによると、一般男性労働者の24年の平均年収は三大都市圏で約638万円、そのほかの地方圏は約504万円だった。25年は、この差が少なくとも140万円台半ばにまで開く見通しだという。

<景気の先行き不安強く>

さらに、ここにきてトランプ米政権の関税政策が地方の中小企業に影を落とし始めている。特に自動車業界は高い関税率を課せられ、事業環境は厳しい。

三菱自動車が生産拠点を置く岡山県では、自動車関連の中堅中小の約3割が取引先から生産調整などに関する通知をすでに受けた。経済産業省は各業界団体に、取引先への適切な価格転嫁を要請しているものの、いわゆる「関税不況」が現実化すればコスト削減のしわ寄せは避けられない。その影響は小さな企業ほど甚大だ。

日銀が1日発表した6月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、中小製造業の景況感を示す業況判断指数(ⅮI)の先行きはマイナス2だった。大企業がプラス12を確保したのに比べると対照的だ。

内閣府と財務省がまとめた法人企業景気予測調査においても、中小企業の7ー9月の景況判断指数(BSI)の見通しはマイナス5.8とさえない。足元ではガソリンなどの物価高や、地方銀行の貸出金利の上昇なども中小の収益を圧迫しており、将来に対する根強い不安がうかがえる。

中小企業の賃上げの動きにブレーキがかかれば地域間の所得格差は一段と広がり、国民の分断が深まる恐れがある。問題はそれだけではない。中小は大企業の陰に隠れがちだが、国内の雇用者数の4割強を占め、日本経済の屋台骨を担う存在だ。

みずほリサーチ&テクノロジーズの服部直樹シニア日本経済エコノミストは、本格的なデフレ脱却に向けて「国全体での消費拡大を実現するためには、中小の堅調な成長が不可欠となる」と指摘。「デジタル投資やM&A(合併・買収)を推進して生産性を向上し、賃上げの余地を広げる必要があるだろう」との見方を示した。

石破茂政権は地方創生を看板政策に掲げ、今後10年間で取り組む基本構想をまとめたばかりだが、官民挙げての対策が急務だ。

(小川悠介 編集:橋本浩)

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