最新記事

テロ

アルカイダ「検知不能」爆弾の脅威

サウジ当局の二重スパイ作戦で旅客機爆破は防げたが、体内埋め込み型爆弾の改良が進めばテロは新たな段階に

2012年6月19日(火)13時25分
ダニエル・クレードマン(ワシントン特別特派員)、クリストファー・ディッキー(中東総局長)

巧妙な対内爆弾 アシリ(上)は空港の全身透視スキャナーをくぐり抜ける爆発物の開発を目指す From Left: Phil Noble-Reuters, Reuters

 爆発の煙が収まると、部屋中にテロリストの死体の破片が飛び散っていた。

 09年8月のその夜、男が担っていた使命は、サウジアラビアのナエフ内相(現皇太子)の息子でテロ対策責任者のムハマド・ビン・ナエフ王子を殺害することだった。男はサウジ当局に投降の意向を伝え、王子と面会の機会を与えられれば、ほかの自爆テロ要員にも投降を呼び掛けると約束した。

 サウジ当局が男を隣国イエメンとの国境近くから首都リヤドに移送し、身体検査を行ったところ武器は見つからなかった。そこで男の要望どおり、南西部の都市ジッダにある王子の自宅で面会の場を設けた。

 2人が対面した瞬間、ホラー映画の一場面さながらに、男が爆発した。地元テレビ局の映像によると、吹き飛んだ男の腕がつり天井のタイルを粉砕し、床にははだしの足だけがぽつんと立っていた。白い家具には、おびただしい肉片がこびりついていた。

 王子は軽傷で済んだが、このとき、テロが新しい段階に突入したことは間違いない。この事件で、既存のセキュリティー装置ではほぼ検知不可能な爆発物が存在することが初めて確認されたのだ。4カ月後の同年12月には、テロリストがアムステルダム発デトロイト行きの旅客機に、下着の中に仕込んだ爆発物を持ち込むことに成功している(この爆破テロは未遂に終わった)。

 そして今月に入って、新しいニュースが報じられた。サウジアラビアの二重スパイが自爆テロ志望者を装い、イエメンを拠点とするアルカイダ系イスラム武装勢力「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」に潜入。最新型の爆発物を持ち出してサウジアラビアの対テロ当局と米CIA(中央情報局)に提出し、テロを阻止したという。

水際作戦だけでは限界

 しかし、これで脅威が消えたわけではない。この種の爆弾の製造者は、AQAPの爆弾専門家イブラヒム・アル・アシリだと言われている。サウジ王子暗殺を企てた自爆テロ犯は兄弟だ。

「アシリの手下がいったい何人いるのか分からない」と、最近までFBI(米連邦捜査局)のテロ対策部門の幹部だったドン・ボレッリは言う。「アシリが爆弾製造の技術を弟子たちに伝授していれば、たとえ米軍の無人爆撃機による掃討作戦でアシリが抹殺されても、爆弾作りは終わりにならない」

 しかもCIAは昨年6月までに、アシリが外科手術によって人間の体内に爆発物を埋め込む技術の実用化に近づいていると結論付けた。本誌の得た情報によると、米情報機関内でその技術に関する詳細な秘密報告書が回覧されたという。

「テロリストのおなかの贅肉に爆弾を埋め込むという話だった」と、この報告書を読んだ米政府筋は言う(機密情報を話題にしていることを理由に匿名を希望)。
実際に人間の体内に爆発物を埋め込むことに成功したかどうかは明らかでないが、犬などを使った動物実験は行われているという。

 もっとも、この種の爆発物を実際に爆発させるのは簡単でない。「極めて特殊な点火システムが必要とされる」と、ボレッリは指摘する。「もし人間の体内に爆弾を埋め込むとすれば、体の外から爆発物に点火しなくてはならない」

 事実、09年8月のサウジ王子暗殺未遂事件では、爆発エネルギーのほとんどを自爆テロ犯の体が吸収した。同年12月の旅客機爆破未遂事件では、下着の中の爆弾がうまく着火しなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾総統、強権的な指導者崇拝を批判 中国軍事パレー

ワールド

セルビアはロシアとの協力関係の改善望む=ブチッチ大

ワールド

EU気候変動目標の交渉、フランスが首脳レベルへの引

ワールド

米高裁も不法移民送還に違法判断、政権の「敵性外国人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 9
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中