最新記事

英政治

貴族首相が変える世界とイギリス

EU内で独自路線を貫きアメリカにはシリア介入を要求。「リベラルな保守」を自任するデービッド・キャメロンの挑戦

2012年4月24日(火)18時17分
ニーアル・ファーガソン(ハーバード大学歴史学部教授、本誌コラムニスト)

衰えぬ人気 緊縮政策を打ち出してもキャメロンの支持率は高いまま Olivia Harris-Reuters

 デービッド・キャメロンの経歴は、イギリスの上流社会が舞台のテレビドラマ『ダウントン・アビー〜貴族とメイドと相続人〜』の登場人物さながらだ。英国王ウィリアム4世の直系の子孫を父方の祖母に持ち、現女王エリザベス2世とは遠縁の間柄で、母方の祖父は准男爵。名門パブリックスクールのイートン・カレッジ出身で、オックスフォード大学を卒業した。

 もっとも生身のキャメロンは、高慢ちきな貴族のイメージとは程遠い。感じが良くて気取りがなく、親しい人々からは「デーブ」と愛称で呼ばれ、スーツとネクタイが大嫌いだ。

 上流階級の生まれという事実をしのばせる点はただ1つ。この人物は権力の重荷をやすやすと背負っているらしい。首相に就任してから2年近くがたつ今、キャメロンは就任前より若く見える。こんな首相はイギリスの歴史上、おそらく初めてだ。

 事実、キャメロンはまだ45歳と若い。あのバラク・オバマ米大統領より5歳年下だ。とはいえ先週アメリカを公式訪問したキャメロンと並ぶオバマは、10歳は年上に見えた。権力によってオバマは老け込んでいるが、キャメロンは若返っている。

 訪米の直前、ロンドンの首相官邸で話を聞いたときも、キャメロンはリラックスして健康そうだった。執務室に飾られた肖像画から見下ろす、かのウィンストン・チャーチルとは大違いだ。チャーチルは大食いで、酒をがぶ飲みして葉巻を吹かし、深夜まで仕事漬けだった。

「私はとても早寝で早起きだ」と、キャメロンは言う。「朝の5時45分には、キッチンのテーブルで(書類が入った)トレーに向かっている」。日曜日にはテニスを楽しみ、週1回はハイドパークでランニングをする。職務の重圧のせいで眠れないことはめったにない。

 それでも正反対のタイプのチャーチルに、キャメロンが強い共感を覚えているのは明らかだ。「今でも(執務室の隣にある)閣議室を歩くときは興奮する。1940年当時、ここでイギリス政府がヒトラーを相手に孤軍奮闘していたのか、と」

 昨年12月、債務危機のさなかのEU(欧州連合)は財政規律を強化する新条約を結ぶことで合意したが、イギリスは参加を拒否した。与党・保守党からは、チャーチルのように反骨精神を発揮したと高く評価された。この比較を、キャメロンは否定しようとしない。

国連決議なしでも介入を

 チャーチルとは、ほかにも似ているところがある。保守党員として出発したチャーチルは1904年に自由党へ移籍し、25年に保守党へ復帰した。キャメロンも、本人の表現を借りれば「リベラルな保守派」だ。

 キャメロンは外交政策を例えに、自らのリベラル保守主義をこう定義する。「保守派ならではの直感で、世界改革という壮大な計画には懐疑心や懸念を抱くが、この国の民主主義や権利、自由を広めたいと考えている点ではリベラルだ」

 キャメロンが最もチャーチルに近いのは外交政策の分野。人権とイギリスの国益が危険にさらされる局面になると、軍事行動に積極的になる。昨年、弾圧が続くリビアへの武力介入を強く主張したのはオバマではなくキャメロンだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB金利は適切な水準、インフレ低下は一時的=シュ

ワールド

インド西部で離陸直後市街地に墜落、死者多数 英国行

ビジネス

独主要シンクタンク、25年成長率を上方修正 財政拡

ワールド

IAEA理事会、イラン非難決議採択 イランは対抗措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 2
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 5
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 6
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    【クイズ】今日は満月...6月の満月が「ストロベリー…
  • 9
    みるみる傾く船体、乗客は次々と海に...バリ島近海で…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット騒然の「食パン座り」
  • 4
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 7
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 8
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 9
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中