最新記事

オペラ

世界を挑発する派手好きディーバ

2011年12月28日(水)13時22分
ピーター・ポメランツェフ(英テレビプロデューサー)

当初はミュージカル志望

 ウィーンとニューヨークとサンクトペテルブルクに自宅を持ち、年60回の公演をこなすネトレプコは、世界中を飛び回っている。3歳の息子ティアゴをできるだけ同伴し、パートナーであるウルグアイ生まれのバリトン歌手アーウィン・シュロットと一緒の時間もつくっている。シュロットも映画俳優のようなルックスで、女たらしのドン・ジョバンニがはまり役だ。

 ネトレプコはオペラ歌手を目指していたわけではない。「オペラの勉強を始めたのは、女優より競争が激しくなかったから。本当はモスクワで活躍するミュージカル俳優になりたかった」

 だが地方出身の彼女が、モスクワのエリート演劇学校に入れる可能性はほとんどなかった。「有力なコネか、先生か監督の特別な理解がないと無理!」

「特別な理解?」

「彼らと寝るってことよ!」

 ロシア人が聞けば、ネトレプコが地方出身であることはすぐに分かる。彼女のロシア語は南部のクラスノダール地方のなまりが丸出し。大都市ではジョークのネタになるほどで、ネトレプコもサンクトペテルブルクでの学生時代にからかわれた。

 ネトレプコの性格、好み、そして声も、クラスノダールで培われたものだ。そこは雪に覆われた暗い土地というロシアのイメージとは全然違う。

 名産品はエメラルド色と朱色の派手なショール。北部ではキャベツのおかゆみたいなボルシチも、クラスノダールではガチョウ肉と甘いトマトが入った真っ赤なスープになる。「私はクラスノダール人だから、カラフルなものやゴージャスな衣装が大好き。派手なほどいい」

 クラスノダールはワインの産地でもある。ネトレプコは地質学者の父が営むワイン園で甘いワインをすすり、木登りをし、ボリウッド映画を見て育った。アルプスのホテルのテラスで、彼女は胸の前で手を合わせると、首を左右に揺らしてボリウッド映画をまねてみせた。

ロシアの反応は冷ややか

 ゴージャスな美人が多いことで知られるロシアでも、クラスノダールは最高峰だ。アルメニア人、ユダヤ人、アディゲ人、ロマ人、スラブ人が殺戮と性交の果てにソフィア・ローレン似の女たちを生み出してきた。ネトレプコ並みの美人はざらだ。「クラスノダールでは私なんか見向きもされなかった。地元の男たちの好みじゃないから」

 クラスノダールはロシアが辛うじて黒海に接する場所に位置する。つまり憧れの地中海への入り口で、これもドイツ人がネトレプコを崇拝する一因になっている。ゲーテの『イタリア紀行』以来、ドイツ語圏の人々は栗色の髪の女が住むイタリアに恋い焦がれてきた。ネトレプコはイタリア人の代わり、それもドイツ語圏で暮らしてくれるイタリア人なのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:戦闘で労働力不足悪化のロシア、インドに照

ワールド

アングル:フロリダよりパリのディズニーへ、カナダ人

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、米CPI受け 円は週間で

ビジネス

米国株式市場=3指数が週間で下落、AI巡る懸念継続
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 4
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 5
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベル…
  • 6
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    「ドルも弱い」なのになぜ、円安が進む? 「ドル以外…
  • 9
    毛沢東への回帰? それとも進化? 終身支配へ突き…
  • 10
    「賢明な権威主義」は自由主義に勝る? 自由がない…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 3
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベル…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中