最新記事

パキスタン

「核開発の父」カーン博士の独白

国際社会の「誤解」、パキスタン指導者たちへの失望──短期間でゼロから核開発を成功させた科学者が今だから語る怒りとジレンマ

2011年6月27日(月)17時43分
アブドル・カディル・カーン(科学者)

核への道 98年に西部チャガイでの核実験成功を祝して集まった政府要人たち。当時のナワズ・シャリフ首相(前列中央)やカーン(左から4人目)の姿も Reuters

 パキスタンの核開発計画はずっと、欧米諸国の不当なプロパガンダやいわれなき非難の標的になってきた。はっきり言わせてもらおう。パキスタンが核開発に走ったのは、インドが74年5月に核実験を行ったからだ。それを聞いて私は急きょ祖国へ戻り、核による抑止力を構築して、インドの「核による脅迫」から守るために働いた。

 ヨーロッパで15年を過ごし、ウラン濃縮の技術を身に付けた私は、75年12月に帰国し、当時のズルフィカル・アリ・ブット首相から核兵器の開発を委ねられた。84年12月10日には、当時のモハマド・ジアウル・ハク大統領に、命令があればいつでも核実験を行えると報告している。

 80年代後半までには核技術の信頼性も向上し、90年代前半には核弾頭の発射システムも完成した。自転車のチェーンさえ作れなかった国が、欧米諸国の妨害をものともせず、短期間で核ミサイルの保有国になれた。まさに偉業である。

 わが国の核開発の現状について、私はほとんど何も知らない。パキスタンの主要な核開発施設であるカフタの原子力研究所を辞めてから、もう10年になる。

 これは私の推測にすぎないが、今は核攻撃システムの設計を完成させ、巡航ミサイルに搭載できるよう小型化する作業に注力している段階だろう。先制攻撃を受けても反撃できるだけの弾頭数を確保する必要もある。

核開発資金をめぐる大きな誤解

 忘れてならないのは、核兵器を保有する国が敵に侵略され、あるいは占領され、あるいは領土を奪われた例はないという事実だ。

 イラクやリビアに核兵器があったら、あんなふうに破壊されることはなかっただろう。パキスタンが71年以前に核兵器を保有していたら、(第3次印パ戦争での)不名誉な敗北の後に国土の半分(現在のバングラデシュ)を失うこともなかったはずだ。

 パキスタンが核開発に費やした金額について、国際社会の理解は完全に間違っている。スタート時の予算は年間1000万ドルにすぎず、最も多い時期でも年間2000万ドルだった(スタッフの人件費や医療費、住宅費、光熱費から物資の調達費まで、すべて含めた金額である)。これでも近代的な戦闘機1機の値段の半分だ。

 こうした事実について無知で、しばしば外国に雇われているパキスタン人たちは、わが国が核開発計画に法外な金額を費やしていると吹聴しているが、まったく根も葉もない主張だ。

 インドもパキスタンも、冷戦時代に戦争を防いだ「相互確証破壊」の原理を理解している。どちらが先に核兵器を使おうと、結局は両方とも破滅を避けられない。だから軍事的な小競り合いはあっても、両国間に核戦争はあり得ない。

核抑止力を得ても変わらない現実

 私たちは祖国パキスタンが自信を取り戻し、敵国の攻撃に対する抑止力を持つために核兵器を開発した。そうして国の主権が確保された以上、次は国民の生活水準を引き上げることに注力すべきだと、私は歴代の政権に提言してきた。

 残念ながら、その後の無能で無知な支配者たちは、そうした国民の利益のための努力を怠ってきた。国民の暮らしは、経済制裁を受けていた20年前や40年前に比べても、ずっと苦しくなっている。それを思うと、私の心は痛む。

 核兵器はわが国に鉄壁の守りをもたらした。インドとの対立が解消されるまで、この抑止力を維持していくしかない。

 そしてこの抑止力は、両国の新たな平和の時代へとつながっていくものだ。かつて敵対していたドイツとフランスが今は平和的に共存しているように、パキスタンとインドが仲良く共存できる日を、この目で見たいと願っている。

[2011年5月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、2026年の金価格予想を4000ドルに引

ワールド

習国家主席のAPEC出席を協議へ、韓国外相が訪中

ワールド

世界貿易、AI導入で40%近く増加も 格差拡大のリ

ビジネス

インドネシア中銀、予想外の利下げ 独立性に懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中