最新記事

リビア

カダフィ政権崩壊のカギを握る男

イギリスに亡命したムーサ・クーサ外相の聴取が始まった。情報機関のトップを長年務めた重鎮が握る「キケンな情報」と、亡命後に資産凍結を解除したアメリカの思惑

2011年4月11日(月)17時57分

情報源 イギリスに亡命したクーサ外相は過去のテロ行為の真相を明かすか Chris Helgren-Reuters

 カダフィ政権と反政府勢力の攻防が続くリビアでは今も、政府軍が西部の町ミスラタを包囲して、市民を巻き込んだ攻撃を続けている。そんな中、イギリスの検察当局は先週、リビア政府の内情を知り尽くす男の聴取を開始した。3月末にイギリスに亡命したリビアのムーサ・クーサ外相だ。
 
 クーサは長年、リビアの情報機関のトップを務めた人物。1988年にスコットランド上空でパンナム機が爆発し、270人が死亡したパンナム機爆破テロ事件の首謀者とも言われる。

 欧州各地でのテロ活動で、カダフィ大佐が果たした役割について「衝撃的な情報」を握っているとされ、84年に駐英リビア大使館からの狙撃によってイギリス人女性警官が死亡した事件に関する情報も保有していると期待される。

「クーサの外相辞任は、すでに造反者が出始めているカダフィ政権が、内部からの圧力で崩れかけていることを示している」と、ウィリアム・ハーグ英外相は記者団に語った。「カダフィは次に自分を裏切るのは誰か、自問しているだろう」

リビア政府閣僚へのメッセージ

 カダフィの次男で後継者と目されるセイフ・アル・イスラム・カダフィはBBCとのインタビューで、クーサがテロに関する重大な情報をもっているとの説を否定。さらに、クーサの渡英は医療行為を受けるためだとして、亡命の事実も否定した。

 英検察当局は、聴取内容の詳細を公開する予定はないとしている。イギリス政府は、捜査当局の聴取に応じるようクーサに働きかけたものの、協力の見返りに訴追を免除する予定はないとしている。クーサがテロ行為に関与した容疑で裁かれる可能性もある。

 パンナム機爆破事件で犠牲となった遺族らは、クーサの亡命に激怒している。事件で夫マイケルを亡くしたステファニー・バーンスタインは、イギリスのニュース専門チャネル、スカイニュースの取材に応じ、「彼の罪が見逃されるのではないかと懸念している。彼は死ぬまで身の危険に怯えながら、惨めで悲惨な人生を送るべきだ」と語った。クーサ亡命のニュースを聞いて「笑うべきなのか泣くべきなのか、あるいはヘドを吐きそうな気分になるべきなのか。『赤ずきん』の狼のような男が突然、菜食主義者になるはずがない」

 しかしニューヨーク・タイムズ紙によれば、アメリカは4月4日、クーサに課していた資産凍結などの経済制裁を解除。他のリビア高官に対し、カダフィ政権を見限るよう促す効果を狙ったものだ。「リビア政府の閣僚らに制裁を科した目的の一つは、カダフィ及び同政権から離脱するという正しい決断を促すためだ」と、デービッド・コーエン米財務次官代理(テロ・金融情報担当)は声明で明かした。

ミスラタの市街戦で子供が狙撃手の標的に

 一方、リビアでは4月8日、政府軍が西部の町ミスラタの東部地区に侵攻し、反政府勢力と市街戦を繰り広げた。国連は食糧や水が不足し、多くの死者が出ている状況に警鐘を鳴らしている。AP通信によれば、「ミスラタで狙撃手に狙われた市民の中には、子供まで含まれていたという情報がある」と、国連のマリクシー・メルカド広報官が記者団に語ったという。

 国連の潘基文(バン・キムン)事務総長も、反体制派の拠点であるミスラタやジンタン、東部の前線ブレガなどにおける人道危機に懸念を募らせている。「重火器を使った攻撃が行われているとされるミスラタの状況はとりわけ深刻だ。激しい砲撃が数週間も続いているため、市民は身動きが取れず、水や食料、医薬品なども受け取れない」と、潘のスポークスマンは語った。

 こうした状況を受けて、国連の人権問題担当者らは8日、近日中にリビアを訪れ、政府軍と反政府勢力双方の調査に乗り出すと発表した。調査隊を率いる戦犯問題の専門家チェリフ・バシオウニは、「リビアの西部と東部どちらにも行く予定だ」と語った。「公正中立で独立した調査を行う。(4月)10日にジュネーブを発ち、今月末までに戻るつもりだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ワーナー、パラマウントの最新買収案拒否する公算 来

ワールド

UAE、イエメンから部隊撤収へ 分離派巡りサウジと

ビジネス

養命酒、非公開化巡る米KKRへの優先交渉権失効 筆

ビジネス

アングル:米株市場は「個人投資家の黄金時代」に、資
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中