最新記事

英語教育

英語しゃべれる人材育成も費用対効果

2010年5月10日(月)12時55分
井口景子(東京)、アンドルー・サルモン(ソウル)、ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局)

 企業が従業員に高い英語力を求めるのは、社員のグローバル化が進まない場合の「言語コスト」があまりに大きいからだ。

 通訳・翻訳費用のような直接的なコストだけではない。英語力不足のせいで商談が頓挫したり、新興市場への進出が失敗すれば損失は計り知れない。さらに、グローバルビジネスに最適な人材を国籍に関係なく登用することができないハンディは企業の競争力を大きく損なうと、京都産業大学の岡部曜子教授(国際経営論)は言う。

社員のやる気を刺激せよ

 もっとも岡部に言わせれば、日本企業の対応は「信じられないほど後手に回っている」。外国人取締役のいる企業が増えつつあるとはいえ、その数は上場企業の3・5%。日本の「グローバル企業」の大半は今も重要な情報を日本語で本社に集約しており、優秀な人材に敬遠される一因となっている。「世界は英語での経営を視野に入れる勢いなのに、大半の日本企業は今も基礎的な英語力の育成に手間取っている」と、岡部は言う。

 TOEICのSWテストの採用企業が約30社にとどまるのも、「まずは基礎からじっくり」という社員への配慮かもしれない。「何年もかけて全社的にTOEICを受験する体制を整えた。(SWテストは)難し過ぎて社員の負担が大きい」と、ある大手電機メーカー子会社の人事担当者は語る。

 だが近い将来、SWテストで問われるような「難しい」業務を避けて通れなくなる可能性は高い。少子高齢化で国内市場が頭打ちになれば、内需企業も本気で国外に活路を見いださなければならない。

 個人のキャリアという意味でも、英語力不足の代償は大きい。人件費の安い国にアウトソースされる仕事が増えれば、高賃金の日本人への要求は一段と厳しくなり、国内向けの仕事しかできない人材は淘汰されかねない(既にアジアでも中南米でも現地スタッフの「ハイスペック化」が進んでおり、英語力でも経営の知識でも太刀打ちできない日本人駐在員が鬱を患うケースが増えているという)。

 グローバルビジネスに必要な語学力と現状の果てしないギャップを早急に埋める方法はあるのか。意外なことに、「英語を教えない」研修が起爆剤になるかもしれない。

 グローバル人材の育成を支援するグローバル・エデュケーション アンド トレーニング・コンサルタンツ(東京)では、社員の意識改革に特化したセミナーが企業の人事担当者の関心を集めている。

 英語力不足によるキャリアの危機を実感させたり、「なりたい自分」像をイメージするプロセスを通じて受講者のモチベーションを刺激し、学習法を指南する。実際の学習は受講者に任されるが、通常の英語研修より長期間、学習を継続できる人が多いという。

「今後数十年間、英語力なしで本当に生き残れるのかと不安に思っている人は多い。社員が真剣になる『仕掛け』を用意すれば、後は自動的に走りだす」と、布留川勝代表取締役は言う。

 冒頭のいすゞ自動車の吉岡も08年に、このセッションを含む11カ月のグローバル人材育成コース(交渉術や経営学を主に英語で学ぶ)を受講。「英語力を磨き、自分をグローバル化しなければまずいという危機感」に駆られて、独学で学習を始めた。555点だったTOEICは1年後には815点に。「三日坊主だった以前の自分とは意識が違う」と言う。

 ひとたびやる気に火が付けば、多忙なビジネスパーソンを支援する学習ツールはたくさんある。なかでも、好きな時間に学べるeラーニングの普及ぶりは目覚ましい。

 論理的なメールを書く添削指導から異文化への適応訓練まで幅広いメニューがある上に、コスト削減効果も大きい。動画付き携帯電話で顔を見ながら会話の練習ができるなど、最新技術を駆使したサービスも続々と生まれている。

英語格差で二極化が進む

 ただし、最新技術を用いた学習手段が最も効果的とは限らない。「対面のコミュニケーションに代わる教材はない。特に仕事で一日中パソコンを使う人は注意が必要だ」と、前出のピンカートは言う。

 それ以上に忘れてはならないのは、英語力はグローバルなビジネス環境で必要な数ある条件の1つにすぎないということ。グローバル・エデュケーションの布留川によれば、熱いビジョンとそれを具現化する論理的思考、ぶれない決断力などグローバル人材の「OS(基本ソフト)」ともいうべき基本条件を備えることが大前提だ。「語学力はアプリケーションの1つでしかない」

 もっとも英語力の底上げに資金を取られ、他のスキルの養成に手が回らない企業も少なくない。

 その点、スウェーデンの通信機器大手エリクソンは、英語を公用語とすることで研修費の効果的な配分を実現している。ホワイトカラーは採用時点で高度な英語力が必須。おかげで、純粋な語学研修費は人材育成費のわずか3%だ。

 韓国の現代カードでも、新入社員のTOEICの平均スコアは910。社員を世界各地にバックパック旅行に送り出してエッセーを書かせるといった変わり種の研修にも力を入れる余裕がある。

 英語学習のコストを大幅に抑えることで、より包括的なグローバル人材育成に資源を集中させる会社と、基礎的な英語力の育成に予算を大幅に取られる会社──。世界経済が最悪の時期を脱し、企業の教育投資が再び活発になれば、両者の投資リターンの差は限りなく広がっていく。

[2010年3月31日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米財務長官「ブラード氏と良い話し合い」、次期FRB

ワールド

米・カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近い ルビ

ビジネス

TikTok巡り19日の首脳会談で最終合意=米財務

ワールド

カタール空爆でイスラエル非難相次ぐ、国連人権理事会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中