最新記事

景観保護

ありがた迷惑な「世界遺産」登録

ユネスコの世界遺産になっても観光ブームで自然や遺跡が破壊の危機に

2009年9月25日(金)14時24分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局)

 バロック様式の建築で名高いドイツの古都ドレスデン。第二次大戦中の空爆で大きな被害を受けたが、復興努力のかいあって、エルベ川流域からの景観が観光客の目を楽しませてきた。

 だがそんな美しい景色が台無しにされようとしている。景観保護派の猛反対にもかかわらず、いまエルベ川では4車線の橋の建設計画が進んでいるのだ。ユネスコ(国連教育科学文化機関)は6月、「ドレスデン・エルベ渓谷」を世界遺産リストから抹消した。

 ドレスデンは中国の万里の長城やインドのタージ・マハルなどと同様、「顕著な普遍的価値」が認められて04年に世界遺産に登録された。だが地元住民にとっては世界遺産の栄誉より交通渋滞の緩和のほうが重要らしい。2度の住民投票で、景観保護より橋の建設を優先すべきだという結果が出た。

 「景観保護を第一に考える少数派が圧倒的多数の市民より自分たちのほうが正しいと思ったとしても、民主主義社会でその言い分を通すことは許されない」とヤン・ミュッケ市会議員は語る。

 世界遺産の価値が揺らぎ始めたようだ。観光ブームにつながることから、今なお多くの国が世界遺産の登録に熱意を燃やすが、デメリットを指摘する声もある。

 先進国では世界遺産をめぐるユネスコの警告などを干渉ととらえる向きもある。一方、途上国では世界遺産に登録されることで、逆に自然や遺跡が破壊されるのではないかという懸念が高まっている。

 ユネスコは資金不足に苦しみ、武器といえるのは道徳的権威くらい。いま900件近くが登録されており、今後も増え続ける世界遺産を保護しようにも手だては限られている。

 「保護派の間には、自然や遺跡の保護を目指すなら世界遺産に登録しないほうが得策だという声がある」と言うのは、ユネスコでの勤務歴があるイギリス人の考古学者ピーター・ファウラーだ。

 問題は世界遺産登録の目的が必ずしも保護ではないこと。遺産登録を目指す各国政府や地元の産業界にとって、世界遺産は無名の土地を観光スポットに変えるマーケティングツール。中国雲南省にある麗江の旧市街は97年の登録以来、年間観光客数が10年間で170万人から460万人に増えた。

 ユネスコは08年の報告書で、「商業的利益の拡大を目指すなかで観光客数が大幅に増加し、観光振興に貢献した遺産がダメージを受けている」と記している。

 カンボジアのアンコールワットも麗江と同じジレンマを抱える。1万人に満たなかった年間観光客数が92年の世界遺産登録をきっかけに100万人以上に激増。観光客の波に対応するべく、町は拡大の一途をたどっている。さらに地元のホテルが遺跡の地下から水をくみ上げているため、遺跡自体が危機にさらされている。

 「世界遺産に登録されると、訪問者数が5年で10~500倍に増える可能性がある」と、世界遺産を保護するために設立された世界遺産基金のジェフ・モーガンは語る。「ガイドブックの扱いも大きくなる。観光地として整備されていない場所に膨大な人が押し寄せる」

 ユネスコは保護推進に向けて影響力を振るえるはずだ。ユネスコ世界遺産センターのフランチェスコ・バンダリン所長によれば、ユネスコは黒子のような立場で世界遺産を荒廃から「守ることができる」という。

 高速道路に邪魔されずにギザのピラミッドで素晴らしい夕日が見られるのは、ユネスコの圧力のおかげでもある。とはいえ、バンダリンも「保護が行き届いているとは言い難い」と認めている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

アングル:ワーナー買収合戦、トランプ一族の利益相反

ワールド

米国と新安全保障戦略で決裂する必要ない=独情報機関

ビジネス

パラマウント、ワーナーに敵対的買収提案 1株当たり

ビジネス

ECB、イタリアの金準備巡る予算修正案を批判 中銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    米、ウクライナ支援から「撤退の可能性」──トランプ…
  • 10
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中