嫌米カナダがオトナになった?
積年の反米感情が一気に和らいだ理由の1つは、アメリカが羨望と恐怖に値しなくなったこと
さよなら嫌米 ブッシュ政権時代、アメリカを痛烈に批判したカナダのマーティン元首相(06年) Chris Wattie-Reuters
カナダのインテリ層にとって、反米主義は何世代も前から遺伝してきた「持病」のようなものだ。
カナダ人の反米意識は、一部の国にあるようなアメリカへの猛烈な嫌悪感とも、ヨーロッパ人の間に広がるエリート主義的な嘲笑とも違う。呆れ顔で隣人の行為を非難する種類の反米感情で、それはジョージ・W・ブッシュ前大統領の時代に最高潮に達した。
2003年、カナダはイラクへの派兵を求めるアメリカの要請を拒否。カナダのメディアは、ネオコンが率いるアメリカの世界観を辛辣な言葉で避難した。
活動家グループは、アメリカがカナダの医療保険制度を破壊しようと企んでいるとの陰謀説を流布。モントリオールで開かれた地球温暖化防止の国際会議では、ポール・マーティン首相(当時)が、アメリカは京都議定書の批准を拒むことで「グローバルな良心」を頓挫させようとしていると非難した。そして、とりわけ物議を醸したのは、トロント・スター紙の著名な論説委員が04年1月、ブッシュ大統領とアドルフ・ヒトラーの類似点を列挙した一件だ。
だが、それもすべて過去の話。ここにきてカナダ人は突然、一気に大人になったようだ。バラク・オバマ大統領の誕生が背景にあるのはもちろんだが、それだけが理由ではない。スティーブン・ハーパー首相がホワイトハウスを訪問する9月16日を前に、カナダは反米主義という慢性病を克服しつつある。
ブッシュ政権時代には、カナダの首相はブッシュと会談するたびにアメリカと「親しすぎる」とメディアに叩かれたものだ。何をもって「親しすぎる」とするのか厳密に定義されたことはなかったが、祖国を愛する指導者ならあらゆる機会を使ってアメリカを怒鳴りつけるべきだ、というのが一般的な感覚だった(攻撃材料は、カナダの道義的な優位性を象徴的に示せるテーマなら、ミサイル防衛からイラク問題、貿易自由化、外交まで何でもありだ)。
危機で経済的な立場が逆転
しかし、今回の首脳会談は友好的な雰囲気につつまれそうだ。10月に総選挙を控えているにもかかわらず、ハーパーにはアメリカに喧嘩を売るつもりはなさそうだ。
変化の背景として、オバマ人気が一定の役割を果たしているのは間違いない。アメリカではオバマの支持率は低迷気味だが、カナダでは相変わらずロックスター並みの人気を誇る(カナダ人は基本的に国民皆保険が好きだ)。
とはいえ、要因はそれだけではない。親米の保守党に対して愛国主義を掲げていた野党の自由党が、マイケル・イグナティエフを党首に選んだのも変化の後押しとなった。
元ハーバード大学教授のイグナティエフは人生の大半をカナダ国外で過ごし、アメリカのメディアに寄稿する際にはアメリカ人に「we」という代名詞を使うほどアメリカ寄りの人物。9・11テロの直後にはイラク戦争を支持し、テロ容疑者への手荒な尋問手法も容認してきた。当然のことながら、イグナティエフの登場によって自由党による反米プロパガンダは影を潜めた。
アメリカ経済の低迷も要因の一つだ。カナダの反米主義を煽ってきたのは、アメリカへの羨望と恐怖心だった。しかしこの1年、経済危機と不動産価格の下落、悪化する一方の雇用情勢に打ちのめされて、アメリカの存在感はすっかり薄くなった。
それに対して、カナダ経済が負った傷は比較的浅い。特に銀行と不動産業界はアメリカと比べて安定性が高い。昨年10月に世界経済フォーラムが発表した銀行の健全度ランキングでも、カナダは世界一に輝いた(アメリカは40位)。
最近の住宅ローン危機でも、カナダの優位は明らかだ。アメリカではサブプライムローンが住宅ローンの6分の1を占めた時期もあったが、カナダでは20分の1。オバマ政権下でアメリカがどういう方向に進むにせよ、アメリカの億万長者がカナダの資産を買い占める事態をいまだに懸念している人はまずいない。