最新記事
DNA

HIVは「切除」する時代に...遺伝子編集治療「CRISPR」の安全性が確認される【最新研究】

CAN CRISPR CURE HIV?

2025年5月8日(木)17時20分
カルパナ・スレンドラナス(英ウエストミンスター大学上級講師)
DNAのイメージ

クリスパー・ツールはウイルスの核を攻撃するように設計されている ANDRII YALANSKYI/SHUTTERSTOCK

<免疫細胞内に潜伏するHIVを発見して「核」を攻撃する、注目の新技術「クリスパー(CRISPR)」とは?>

エイズ(後天性免疫不全症候群)の原因ウイルスであるHIVが初めて特定されたのは1983年。当初はHIV感染は死の宣告に等しかった。現在では抗レトロウイルス薬のおかげで進行を抑えられるようになったが、抜本的な治療法はまだない。

サンフランシスコのバイオテクノロジー企業エクシジョン・バイオセラピューティクスは、遺伝子編集ツールの静脈注射でこの状況を変えようとしている。同社は最近、EBT-101と呼ばれる遺伝子編集治療法について、肯定的な試験結果を明らかにした。


ただし、今回報告されたのは安全性だけだ。EBT-101を投与された3人の被験者に重篤な副作用は見られなかったという。有効性に関する最初の報告はもう少し待たなければならない。

HIVは他のウイルスと同様、遺伝物質と殻でできている。大きさは人体の約1兆分の1で、免疫系の防御を巧みに擦り抜ける。

エクシジョンが開発した治療法は、遺伝子編集技術クリスパー(CRISPR)を用いてHIVを探し出し、DNAの大部分を切除して自己複製を阻止する。このクリスパー・ツールは小型ロボットのようなもので、生体細胞の遺伝物質の狙った場所に向かわせることができる。

 
CRISPR Explained | Mayo Clinic | 2018/07/25

抗レトロウイルス薬がある今もエイズによる死者は年間60万人以上。2022年末の時点で抗レトロウイルス薬を投与されているHIV感染者は3000万人近くに達し、10年の770万人から大幅に増加した。ただ、抗レトロウイルス薬は心臓の動脈閉塞や神経変性障害などの副作用を誘発する可能性がある。

動物実験の結果は良好

ウイルスと感染対象の生物は何十億年も闘い続けてきた。人体はいわば何重もの防御で守られた要塞だが、HIVはいくつかの戦術を用いて免疫攻撃から逃れようとする。

その1つが、HIVを攻撃するように設計されたT細胞と呼ばれる免疫細胞の内部に潜伏することだ。HIVはT細胞内で長期間休眠し、自己複製の条件が整うまで待つ。

さらにHIVは自己の遺伝子複製の際に無数の変異型を生み出すため、エイズ治療薬の開発は極めて困難だ。だが、クリスパー・ツールはウイルスの核を攻撃するように設計されているので、HIVを無力化できる可能性が高まる。

この治療法も全ての薬剤と同様、まず動物実験でテストする必要があった。米テンプル大学の研究チームは20年、クリスパー・ツールでマウスとラットの臓器からHIVを探し出し、DNAの重要部分を除去することに成功した。

このチームは同年、HIVの起源とも言われるサル免疫不全ウイルス(SIV)に感染したアカゲザルにも、この技術が有効であることを証明した。これでクリスパー療法を人間に試しても安全である可能性が示唆された。

やるべきことはまだ多い。それでも近い将来、エイズの治療法が確立することへの期待は高まりつつある。

The Conversation

Kalpana Surendranath, Senior Lecturer in Molecular biology and Microbiology, Leader of Genome Engineering Lab, University of Westminster

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本のCEO
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月1日号(6月24日発売)は「世界が尊敬する日本のCEO」特集。不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者……その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イラン攻撃の成果誇示 原爆投下での戦争

ビジネス

米証取とSEC、上場企業の情報開示規則の緩和で協議

ワールド

アングル:イスラエルのネタニヤフ首相、イラン攻撃「

ワールド

米国務長官、ロシア追加制裁に慎重姿勢 「交渉の余地
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 3
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係・仕事で後悔しないために
  • 4
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 5
    都議選千代田区選挙区を制した「ユーチューバー」佐…
  • 6
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 7
    「子どもが花嫁にされそうに...」ディズニーランド・…
  • 8
    人口世界一のインドに迫る少子高齢化の波、学校閉鎖…
  • 9
    「温暖化だけじゃない」 スイス・ブラッテン村を破壊し…
  • 10
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中