iPS細胞の「記憶」を消去する最新手法が切り開く可能性
NEW STEM CELL THERAPIES

再生医療の手だてとして、iPS細胞には大きな期待が寄せられている AFLO
<細胞を「初期化」する際に元の細胞の記憶が残ってしまうというiPS細胞の弱点──克服できれば医療は進む?>
幹細胞(多能性幹細胞)という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。体のあらゆる種類の細胞に変化できる性質を持った細胞のことで、医療における潜在的可能性は計り知れない。
例えば、パーキンソン病などの患者を対象に、本来の機能が損なわれた細胞の代わりになる細胞を多能性幹細胞からつくって移植する臨床試験が行われている。
多能性幹細胞をつくる方法の1つは、人間の受精卵(胚)から細胞を取り出して培養するというものだ。しかしこの方法は、受精卵を破壊することに伴う倫理上の問題を避けて通れない。
そこで考案されたのが、「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作成する技術だ。iPS細胞は、患者本人の皮膚などの細胞から作成できる。
問題は、iPS細胞が元の細胞の「記憶」を保ち続けるケースがあることだ。その場合、iPS細胞からほかの種類の細胞をつくろうとしても、うまくいかない可能性がある。
私たちが2023年8月にネイチャー誌に発表した研究では、そうした「記憶」を消去する方法を見いだした。この方法を用いれば、iPS細胞に、受精卵からつくる胚性幹細胞(ES細胞)に近い性質を持たせることができる。iPS細胞は、患者の皮膚細胞などの細胞を「初期化」して、受精卵のような状態に戻すことによりつくられる。こうして「白紙」の状態の細胞をつくる技術には、病気などでダメージを受けた組織や臓器の復元を目指す再生医療の手だてとして大きな期待が寄せられている。
iPS細胞の強みの1つは、患者本人の細胞を使って作成するため、免疫システムにより拒絶されるリスクが比較的小さいことだ。既に、iPS細胞を活用して、糖尿病患者のためにインスリン(血糖をコントロールする働きを持つホルモン)を生み出す細胞をつくる研究が始まっている。
iPS細胞関連の研究は急速に前進しているが、未解決の技術的問題も少なくない。iPS細胞が元の細胞の痕跡(「エピジェネティックな記憶」と専門家は呼ぶ)をとどめている場合があることも、そうした課題の1つだ。
私たちのDNAには、生命活動をコントロールする「指示書」、すなわち遺伝子が保存されている。何らかの要因により、DNAの塩基配列そのものは変化せずに、個々の遺伝子の活動(その遺伝子の働きがオンになるかオフになるか)にだけ影響が生じる場合、その現象を「エピジェネティクス」と呼ぶ。
DNAが料理のレシピ本だとすれば、エピジェネティクスは、そのレシピ本に「しおり」を挟むようなものと表現できる。「しおり」はレシピの内容を変えないが、どのレシピを用いるかを指示する。同様にエピジェネティクスは、遺伝情報を変えずに、細胞が遺伝情報を解釈する方法を指示するのだ。
胚細胞の記憶をリセット
患者の細胞を初期化してiPS細胞をつくるときは、そうした「しおり」を全て消去したい。しかし、それがうまくいく場合ばかりではない。一部の「しおり」が消去されずに残れば、作成されたiPS細胞の性質に影響が及ぶ。
もし、皮膚細胞からつくったiPS細胞が皮膚細胞時代の記憶を一部残していれば、そのiPS細胞は皮膚細胞に近い性質を持ちやすくなる。
この点は、iPS細胞を医療で用いる際に障害になりかねない。iPS細胞により膵臓を修復したい場合、そのiPS細胞が皮膚細胞時代の記憶をとどめていれば、本物の膵臓細胞と同じようには機能しない可能性があるのだ。
この問題は、再生医療研究の大きな課題と認識されてきた。私たちの研究では、これまでの方法よりも完全に、「エピジェネティックな記憶」を消去する方法を見いだせた。その方法とは、胚細胞でエピジェネティクスの「しおり」が自然にリセットされるプロセスに着目し、iPS細胞をつくるために細胞を初期化する際にそのプロセスを模倣させるというものだ。
受精卵が着床する前の段階で、精子と卵子から受け継いだエピジェネティクスの「しおり」は消去される。その結果、胚細胞は真っさらな状態から出発し、あらゆる種類の細胞になることができる。
iPS細胞をつくる過程で細胞の初期化を行う際に、このリセットのプロセスをごく短い間模倣させたところ、従来のiPS細胞よりも、ES細胞に似たiPS細胞をつくり出すことができた。
iPS細胞に過去の特徴を忘れさせることができれば、糖尿病患者のためにインスリンを生み出す細胞をつくり、パーキンソン病患者のために神経細胞をつくるなど、医療上の目的で特定の細胞をつくりやすくなる。想定外の反応や合併症が生じるリスクも小さくできるかもしれない。
そうなれば、iPS細胞の医療への活用の可能性がさらに拡大するだろう。
Sam Buckberry, Telethon Kids Institute / Senior lecturer, ANU College of Health and Medicine, Australian National University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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