標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?

PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM

2024年5月1日(水)10時35分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

スタンフォード大学の免疫学者、ゲーリー・ノーランが18年、こうしたタンパク質が腫瘍のどこにあるかを正確に示す撮像技術、言い換えれば腫瘍微小環境のマップを作成できるツールを開発した。

「インデックス化による共検出」の頭文字を取ってCODEXと呼ばれるこの技術により、研究者たちは初めて個々のタンパク質が微小環境のどこにあり、他のタンパク質とどう相互作用をしているかを追跡できるようになった。

ノーランは特定のタンパク質を検出して結合するよう設計された抗体に感光性の「標識」を付けたタグ抗体を作成した。これらのタグ抗体は特定の波長の光に反応して蛍光色に染まる。腫瘍の組織標本にDNAバーコード付きのタグ抗体パネルをかぶせ、組織標本を格子状パターンに分割する。

この格子の四角の一つ一つに、異なる波長の光を次々に照射すると、特定のタンパク質が特定の波長に反応して蛍光染色された画像を取得できる。これらの画像を何枚も重ねることで、組織標本のどこにどんなタンパク質があり、どんな配列になっているかを立体的に可視化した正確なマップを作成できる。

腫瘍内部の現象を全て解析

この技術で既に驚くべき洞察が得られている。私たちの体内では通常、免疫反応が起きる前に、リンパ節でT細胞がB細胞と呼ばれる仲間の免疫細胞と出合い、「異物の存在について情報交換する」と、シャーマは説明する。これはよく観察されている現象だが、普通はリンパ節でのみ起きる。だが免疫療法が有効なケースでは、腫瘍微小環境でもこれと似た現象が起きていることがCODEXで確認されたのだ。

腫瘍のすぐ外側にT細胞とB細胞が集まり、「3次リンパ様構造」と呼ばれる移動式の司令塔を形成すると、免疫細胞が強力に働いて癌を攻撃する。「完全に予想外だった」と、シャーマは言う。

3次リンパ様構造が形成されれば、免疫療法が威力を発揮すると考えられる。だとすれば、この構造の形成を促す要因は何か、全ての患者の腫瘍にこの構造が形成されるようにできないものかと、シャーマは問う。

つまり、T細胞とB細胞に3次リンパ様構造の形成を促す微細なシグナルを解明できれば、免疫細胞の攻撃が成功する可能性を大きく高めることができるだろう。

スタンフォード大学のノーランはCODEXを使って、頭頸部癌の一部の腫瘍がT細胞の攻撃をどのように防ぐかを解析している。ノーランは画像上で、私たちの体を構成する細胞を取り巻く細胞外基質の中に、構造タンパク質から成る分厚い壁を発見した。これらの高分子化合物は、免疫細胞の腫瘍への浸潤を妨げていると考えられる。この洞察は、壁を分解するように設計された酵素を使って免疫反応を高めるという、新しい手法の可能性を示唆している。

CODEXが生み出す驚異的な量のデータから学べることを考えれば、これらの観察はほんの始まりにすぎない。理論上は、CODEXは腫瘍内部で起こる全てのことを分子レベルで解析できる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米関税の影響、かなりの不確実性が残っている=高田日

ワールド

タイ経済成長率予測、今年1.8%・来年1.7%に下

ワールド

米、半導体設計ソフトとエタンの対中輸出制限を解除

ワールド

オデーサ港に夜間攻撃、子ども2人含む5人負傷=ウク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中