標的の癌細胞だけを免疫システムが狙い撃ち...進化型AIを駆使した「新たな癌治療」とは?

PIERCING CANCER’S INNER SANCTUM

2024年5月1日(水)10時35分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

顕微鏡を覗き込む研究者

蛍光顕微鏡で癌細胞の塊を観察 DAN KITWOOD/GETTY IMAGES

鍵を握る「腫瘍微小環境」

これはある意味で大胆な決断となる。従来は、試験段階の免疫療法を行うのは大腸癌の約3分の1を占める転移性癌の患者に限られていた。残りの3分の2には放射線治療・化学療法・手術という標準療法が行われる。

ただ大腸癌の場合、これらの治療は不妊、性機能の低下、直腸の切除といった深刻な影響をもたらしかねない。そこでディアスらは新たな治療を試す価値があると考えた。

結果は期待をはるかに超えた。患者全員が標準治療を受けずに済み、しかも「うち3人は子供をつくれた」と、ディアスは興奮気味に話す。「今のところ再発もない。科学的見地からは非常に興味深い結果だ。そこから多くの疑問が生じる。まず知りたいのは何が起きているか、だ」

早期の介入が治療効果を高めたのは確かだが、それだけでは説明できないと、ディアスは言う。確信はないものの、早期には遺伝子の変異がさほど蓄積しておらず、癌が周囲の組織に浸潤して免疫反応を回避する「とりで」を築く時間が十分にないせいかもしれないと、彼はみている。

また骨や肝臓、脳などの組織には免疫反応を抑制する「骨髄由来抑制細胞」がある。癌が直腸で初発した場合は、こうした細胞がないため免疫療法がよく効くのかもしれない。

腫瘍学の研究における最も有望な仮説の1つは「腫瘍微小環境」、つまり個々の腫瘍を取り巻くタンパク質などの分子が作るミクロの環境が、免疫療法の有効性を決める大きな要因ではないか、というものだ。ただ、微小環境を考慮に入れると、問題が一気に複雑になる。膨大な数のタンパク質と、それらの相互作用が絡んでくるからだ。微小環境を可視化できる新たな撮像技術も必要になる。

テキサス州ヒューストンのMDアンダーソン癌センターの免疫学者・腫瘍学者であるパドマニー・シャーマは新技術の威力を目の当たりにした。免疫学者アリソンの長年の共同研究者で妻でもあるシャーマは12年、患者の腫瘍から採取した組織標本を使い、腫瘍微小環境を構成するタンパク質を分類し始めた。

腫瘍にはT細胞が入り込んで癌細胞を攻撃できる「熱い」腫瘍と、免疫細胞を寄せ付けない「冷たい」腫瘍があるが、その違いに絡むタンパク質を特定しようと考えたのだ。程なくチームはT細胞の活動を大幅に高めるタンパク質である「誘導性T細胞共刺激因子」を特定した。だが特定するだけでは治療に生かせない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日本との関税協議「率直かつ建設的」、米財務省が声明

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 5
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 6
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中