最新記事

日本を置き去りにする 作らない製造業

「深圳すごい、日本負けた」の嘘──中国の日本人経営者が語る

2017年12月12日(火)17時03分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

広東省深圳市の電子街「華強北」。中国一の電気街を意味する「中国電子第一街」と書かれた看板がある。その横の立方体には「公正、平等、自由、法治」など社会主義的核心価値観が書かれている。写真提供:ニコ技深圳観察会


20171219cover-150.jpg<ニューズウィーク日本版12月12日発売号(2017年12月19日号)は「日本を置き去りにする 作らない製造業」特集。中国の「自社で作らない」、ドイツの「人間が作らない」という2つの「製造業革命」を取り上げたこの特集では、「ものづくりしないメーカーの時代へ」と題する記事で深圳の「エコシステム」についてレポートしている>

広東省深圳市が今、脚光を浴びている。未来感あふれる新たなサービスが続々と導入され、気鋭のベンチャー企業が次々と登場するイノベーション・シティ。停滞感漂う日本とは異なる世界が存在するという。

深圳の何がそんなに「すごい」のか。深圳でEMS(電子機器受託製造)企業のジェネシスホールディングスを経営し、自著『「ハードウェアのシリコンバレー深圳」に学ぶ――これからの製造のトレンドとエコシステム』(インプレスR&D)で深圳の変化を描いた藤岡淳一に聞いた。

――日本では「深圳礼賛」が静かなブームになっている。

確かにわが社にも問い合わせや視察が増えており、盛り上がりを感じる。ただ、漠然とした「深圳はすごい」というイメージばかりが先行しているように思う。キャッシュレス決済やシェアサイクルの普及、街中にドローンが飛んでいるといった表面的な事象ばかりを取り上げても意味がない。

「電子製造業を取り巻くエコシステム」「高度人材が集中する研究開発」「高額所得者が集まることによる不動産・商業の発展」「中国の中でも比較的緩い政府の規制」など、個々の側面に目を向けなければ実態は分からない。自著ではEMS経営者として、主に電子製造業について、自らがどのように深圳の強みを活用しているかを具体的に描いた。

――その強みとは何か。

サプライチェーンとエコシステムだ。この数十年で日本から低付加価値の分野が韓国、台湾に移り、深圳に流れていった。人件費が高い場所で付加価値の低い仕事はこなせないのだから自然な流れだ。その後、本来ならば深圳からその先に流れていくはずだが、深圳は後背地に膨大な人口を抱えている。そのため長きにわたりワーカーの人件費は低水準に抑えられてきた。

その結果、日本、韓国、台湾から流れてきた低付加価値の事業は、まるでダムにせき止められた水のように深圳に溜まっていった。結果、電子機器製造業に必要な全てが車で1時間圏内に集まる都市が完成した。設計、部品、組立、金型、検査、物流、全てだ。こうなるとあまりにも利便性が高いため、少々人件費が高騰しても他地域に移ることは難しい。

また中国のサプライチェーンは徹底的に分業が推し進められている。そして、それぞれのカテゴリにおいての競争が激しく、低価格での材料調達が可能だ。個々の企業が必死に生存競争を繰り広げることで、全体としては製造業に最適な「森」が生まれた。それが深圳だ。エコシステム(生態系)という言葉がこれほどしっくりくる街はないのではないか。

――そのため「ハードウェアのシリコンバレー」になった、と。

書名には大手企業ではなく、IT企業やベンチャー企業にとって最適の場所だという意味を込めた。それというのも、中小零細事業者が多かった歴史から、小ロットでの製造を行うための仕組みが充実しているからだ。

「公板公模」が象徴的な事例だろう。これは汎用の基板、汎用のケースを指す言葉だ。電子機器製造では基板と金型の初期費用がかかるが、公板公模を使えば開発費ゼロで調達できるうえ、開発期間も短縮できる。これは電子材料のシェアリングエコノミーとも言える、新しい製造業のトレンドを生んだ。

わが社は日本のベンチャー企業などから法人向けタブレット、IoT(モノのインターネット)機器を受託して製造するのが主要事業だが、日本の競合企業よりも圧倒的な小ロット・低価格を実現している。わが社と日本企業ではMOQ(最低発注数)が10倍も違うということもあった。小ロットでも製造できるのは深圳のサプライチェーンを活用すればこそだ。

ベンチャー企業には多額な開発費や在庫を抱えるための資金がない。多額の資金がなくともカスタム製品を作れる場が必要だ。また、最初から完璧に要求を満たすカスタム製品を作ることも難しい。トライ&エラーを繰り返す必要があるが、そのためには小ロットで製品を作れる環境が不可欠だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月利下げ支持できず、インフレは高止まり=米ダラ

ビジネス

米経済指標「ハト派寄り」、利下げの根拠強まる=ミラ

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

トランプ氏、司法省にエプスタイン氏と民主党関係者の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中