最新記事
健康

「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯最も脳機能が向上する「週の運動時間」は?

Exercise to Stay Sharp

2025年8月29日(金)14時45分
ベン・シン(南オーストラリア大学リサーチフェロー)、アシュリー・E・スミス(同准教授)
脳と運動している人のイラスト

ILLUSTRATIONS: DHAKA VECTOR STUDIO/SHUTTERSTOCK (BRAIN), NSTAFEEVA/SHUTTERSTOCK

<ウォーキングやサイクリングのみならず、『ポケモンGO』も含め、身体活動を伴う活動は、脳機能の向上につながるようだ>

数独やワードル(単語当てゲーム)、アプリで「脳トレ」に励んでいる人も多いだろうが、近年の研究で明らかになりつつあるように、運動は記憶力や集中力、脳の健康を高める最良の方法の1つだ。

筆者たちは複数のメタ分析の結果を統合して解析する「アンブレラレビュー」の手法を用いて、2700件以上の先行研究に参加した延べ25万人以上のデータを検証した。


その結果、ウオーキングやサイクリング、ヨガ、ダンス、『ポケモンGO』のように身体活動を伴うゲームなど、さまざまな運動が脳機能の向上につながることが分かった。年齢にかかわらず、体を動かすことは思考力や決断力、記憶力、集中力を高める。

この検証結果は、定期的な身体活動が脳機能の3つの重要な領域を改善するという既存の多くの研究と合致する。すなわち、認知機能(明晰に考え、学び、意思決定をする総合的な能力)、記憶力(特に短期記憶と個人的な体験の記憶)、実行機能(集中力、計画立案、問題解決、感情のコントロールなど)の3つだ。

今回のレビューは質の高いメタ分析の研究133件を対象とした。これらの研究の参加者は、既に行っている運動だけでなく、内容や頻度、強度が設定された構造化運動プログラムを新たに開始している。運動の効果の測定には、単語リストの記憶、パズル、タスクの迅速な切り替えなど、脳機能を的確に測定するテストが用いられた。

1〜3カ月で改善される

運動による脳機能の改善は、全体に小程度から中程度だった。平均すると、認知機能は顕著な向上を示し、記憶力と実行機能もやや小幅ながら有意な改善が見られた。

効果は年齢層を問わず確認されたが、特に子供とティーンエージャーは記憶力が大幅に向上していた。ADHD(注意欠陥・多動性障害)の人は、他の集団に比べて実行機能の改善が大きかった。

効果は比較的早く表れ、定期的な運動を始めてから1~3カ月で改善が見られる人も多い。ほぼ毎日30分以上、週約150分の運動を行う人に最大の効果が確認された。

ウオーキングやサイクリングなどの活動は、海馬(記憶と学習を担う脳の領域)の容積を増やすと考えられている。ある研究では高齢者が1年間、有酸素運動を続けた結果、海馬の容積が2%増加し、加齢による1~2年分の萎縮を実質的に逆転した。

ランニングや強度の高いインターバルトレーニングなど、より負荷の高い運動は、神経可塑性(脳が適応して神経回路を組み換える能力)をさらに高める。これにより、学習の速度や思考の明晰さが高まって、年齢を重ねても頭の冴えを保ちやすくなる。

高齢化は世界的に進んでいる。2030年には6人に1人が60歳以上となり、認知症やアルツハイマー病、認知機能低下のリスクが高まる。

一方で、多くの成人は十分に体を動かしていない。3人に1人は、推奨される活動量を満たしていないのだ。

成人は速歩きなど中強度の運動を週150分以上、またはランニングなど高強度の運動を週75分以上が推奨されている。これにウエートリフティングなど筋力強化の運動を週2回以上、取り入れたい。

マラソンをしたり、重いバーベルを持ち上げたりする必要はない。今回のレビューでは、ヨガや太極拳、家庭用ゲーム機に身体活動を取り入れた「エクサゲーム」のような低強度の活動でも同等か、それ以上の効果が得られた。

こうした活動は脳と体の両方を使う。例えば太極拳は集中力、筋肉の動きの協調、動作の記憶が求められる。エクサゲームの多くは即時の意思決定や早い反応が必要で、注意力や記憶力の訓練になる。

メンタルヘルスに恩恵も

重要なのは、複数の要素を含み実践しやすい運動形態であるという点だ。自宅でも屋外でもでき、友人と一緒に楽しめ、体力レベルや移動制限に合わせて調整できる。

車ではなく徒歩で移動するといった日常の活動に加えて、ジムでの筋トレや定期的なヨガ教室など構造化された運動の時間をつくると、脳と体への効果がさらに高まる。

孫がいる人は、一緒に『Wiiスポーツ』でバーチャルなテニスやボウリングに挑戦してみよう。ADHDの傾向があるティーンエージャーは、ダンス教室に通うと授業中の集中力が変わるかもしれない。仕事と子育てに忙しい人は会議の合間に20分間、動画を見ながらヨガをすれば、頭がすっきりするだろう。

これらは単なる運動ではなく、脳を整える行為でもある。多くの脳トレアプリやサプリメントと違って、運動は睡眠やメンタルヘルスの改善など広範な恩恵をもたらす。

こうした効果に企業や学校も注目している。従業員の集中力を高めるために「運動休憩」を導入している職場もある。授業に身体活動を取り入れた学校では、集中力や学業成績の向上が確認されている。

運動は、脳の健康を支える最も強力で最も身近な手段の1つだ。無料でできるものも多く、何歳からでも始めるのに遅すぎることはない。

Reference

Singh B, Bennett H, Miatke A, et al. Effectiveness of exercise for improving cognition, memory and executive function: a systematic umbrella review and meta-meta-analysis. British Journal of Sports Medicine. 2025 Jun 3;59(12):866-876. DOI: 10.1136/bjsports-2024-108589. PMID: 40049759; PMCID: PMC12229068.


The Conversation

Ben Singh, Research Fellow, Allied Health & Human Performance, University of South Australia and Ashleigh E. Smith, Associate Professor, Healthy Ageing, University of South Australia

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米スタバ労組、ブラックフライデーにスト拡大 賃上げ

ビジネス

カナダGDP、第3四半期は年率2.6%増 予想大き

ワールド

米国務省、アフガン国籍者へのビザ発給停止

ワールド

スイス国民投票、超富裕層への相続税強化案を大差で否
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批判殺到...「悪意あるパクリ」か「言いがかり」か
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中