最新記事
ドラッグ

大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の大麻を使用するとDNAが変化していく

Cannabis Use and DNA

2025年1月10日(金)18時59分
マルタ・ディ・フォルティ(英キングズ・カレッジ・ロンドン教授)、エマ・ダンプスター(英エクセター大学上級講師)
大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の大麻を使用するとDNAが変化していく

THC濃度が高い大麻を使用すると、精神障害を発症しやすいという THICHA STUDIO/ISTOCK

<高濃度の大麻を毎日使用している人は、大麻を使ったことがない人に比べて精神障害を発症する可能性が5倍高い。大麻の生物学的影響の解明に近づく最新の研究>

大麻は世界で最も広く使われている薬物の1つだが、分かっていないことが多い。脳にどのような影響を及ぼすのか、なぜ大麻を使うと精神を病む人がいるのか......。

だが筆者らの最近の研究によって、高濃度の大麻が生物学的に及ぼす影響を解明するのに一歩近づくことができた。


学術誌「分子精神医学」に掲載された私たちの研究は、高濃度の大麻の使用がDNAに「特定の痕跡」を残すことを示している。しかも精神障害を経験している大麻使用者と経験していない使用者では、そうしたDNAの変化が異なっていた。

すなわち、大麻の使用がDNAに与える影響を調べれば、精神障害を発症しやすい人を特定できる可能性がある。

大麻の主成分は、テトラヒドロカンナビノール(THC)という物質だ。大麻に含まれるその量は1990年代以降、イギリスやアメリカで着実に増加している。

アメリカで大麻を初めて合法化したコロラド州では、THC含有率90%の大麻を買うことができる。高濃度の大麻(THC含有率10%以上)を毎日使用している人は、大麻を使ったことがない人に比べて精神障害を発症する可能性が5倍高いという研究がある。

私たちの研究の目的は、大麻使用がDNAメチル化という分子プロセスに及ぼす影響を調べることだった。DNAメチル化は塩基配列を変えることなく遺伝子のオン・オフを切り替えたり、遺伝子の発現を制御するプロセスをいう。

これは、環境やライフスタイルの選択と身体的・精神的健康の相互作用に関わるエピジェネティクスと呼ばれる重要な生物学的プロセスの一部でもある。

今回の研究では、過去に行われた2つの大規模な比較対照研究のデータを使った。1つは南ロンドンで行われた「遺伝と精神障害」研究。

もう1つはイギリスやフランス、オランダ、イタリア、スペイン、ブラジルなどの参加者を含むEU主導の研究だ。

この2つの研究を合わせて、初めて精神障害を発症した239人と、健康上の問題がなく地域住民を代表するような443人のデータを集めた。

参加者の約38%は大麻を週2回以上使用していた。使用歴のある人の大半は高濃度の大麻を週2回以上使用し、16歳頃から使っていた。

DNAメチル化が鍵に

DNAメチル化の解析は、全ゲノムの複数の部分について行われた。解析では、結果に影響を及ぼす可能性のある生物学的・環境的な要素(年齢、性別、民族、喫煙の有無など)の影響を考慮した。

その結果、高濃度の大麻を使用するとDNAメチル化が変化することが分かった。特に、エネルギーや免疫システムの機能に関連する遺伝子でこの変化が見られた。しかし精神障害を経験した人のDNAには、経験していない人とは異なる変化が確認された。

こうしたエピジェネティックな変化は、薬物使用などの外的要因が遺伝子の働きを変化させ得ることを示唆している。これらの変化の研究によって、大麻の使用(特に高濃度のタイプ)が特定の生物学的経路に与える影響をより深く理解できるかもしれない。 

将来的な研究課題としては、大麻使用に関するDNAメチル化のパターンが、精神障害発症リスクの高い使用者を特定するバイオマーカーとして機能するかどうかを調べる必要がある。

これによって、より的を絞った予防戦略が可能になり、もっと安全な大麻使用につながるかもしれない。

The Conversation

Marta Di Forti,Professor of Drugs, Genes and Psychosis, King's College London

Emma Dempster,Senior Lecturer, Clinical and Biomedical Sciences, University of Exeter

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物、25年は約20%下落 供給過剰巡る懸念で

ワールド

中国、牛肉輸入にセーフガード設定 国内産業保護狙い

ワールド

米欧ウクライナ、戦争終結に向けた対応協議 ゼレンス

ワールド

プーチン氏、ウクライナでの「勝利信じる」 新年演説
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 5
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中