最新記事
健康

なぜ「肌の接触」が必要なのか? ハグやマッサージが幸福感をもたらす理由

TOUCH CAN BOOST YOUR HEALTH

2024年9月19日(木)17時50分
マイケル・バナシー(英ブリストル大学教授、心理学部長)
ハグはストレスの軽減に役立つだけでなく、血圧を下げ、病気のリスクを減らし、日々の気分を改善する効果もある HALFPOINT/ISTOCK

ハグはストレスの軽減に役立つだけでなく、血圧を下げ、病気のリスクを減らし、日々の気分を改善する効果もある HALFPOINT/ISTOCK

<ハグ、マッサージ、手を握る、優しくなでる──何げない皮膚の接触があなたの幸福度を上げる理由>

愛する人にハグ(抱擁)されたりパートナーと手をつないだりすると、気持ちがいいのは多くの人が体験的に知っている。

しかし、意外に知られていないのは、肌の接触は単なる身体的感覚をはるかに超えた、人間同士のつながりに欠かせない要素ということだ。それは人間の基本的欲求であり、脳の発達に影響を与え、絆を深め、重要な人間関係の構築に役立つ。健康や幸福度に関するその他の側面にとっても極めて重要だ。


1. ハグ

短時間の抱擁でも長時間の添い寝でも、ハグはストレス軽減に役立つ。研究によれば、他人とのハグも自分で自分を抱き締める「セルフハグ」も、ストレスのたまる体験をした後で体内のコルチゾール(別名ストレスホルモン)を低下させる効果がある。

この事実は重要だ。長期的なストレスは健康に多くの悪影響を及ぼす恐れがある。例えばストレスに起因する慢性炎症は、心血管疾患や癌のリスクを高める。だが愛する人とハグする頻度が増えると、慢性炎症のマーカー(炎症の程度を示す白血球や血小板などの数値)が低下することが研究で明らかになっている。

頻繁なハグは血圧を下げ、病気のリスクを減らし、日々の気分を改善することも分かっている。ハグは何げない動作だが、効果は絶大だ。

2. 優しい愛撫

優しい肌の接触や愛撫には痛みを軽減する効果があるのかもしれない。

ある研究チームは2018年、かかとに針を刺して行う血液検査を定期的に受ける赤ん坊を優しくなでることが痛みに対処する助けになるかを調査した。すると、優しくなでられた赤ん坊のグループはなでられなかったグループと比較して、痛みに関連する脳の部位の活動が低下。逃避反射(足に刺激を受けると、反射的に引っ込める反応)も小さくなることが分かった。

成人を調査した複数の研究でも、熱や圧力による痛みを感じる前に優しくなでると、その痛みの知覚強度が低下することが示されている。

こうした肌の接触が痛みを軽減する可能性があるのは、C触覚線維という皮膚の「感覚受容器」と関係している。C触覚線維は愛情を伴う肌の接触に対する生物学的反応の基盤で、肌を優しくなでるなど、安らぎを与える接触への反応が特に強い。

例えば腕を優しくなでられると、C触覚線維は他者との絆や落ち着きに関連するオキシトシンなどのホルモンを放出すると考えられている。

現在進行中の研究では、こうした肌の接触を慢性疼痛の治療に使えるかどうかを調べている。ただし現時点で結果はまちまちだ。理由の1つとして考えられるのは、慢性的な痛みが優しくなでられる心地よさの「感じ方」を変えてしまう可能性だ。このことは触覚に受容器以外の要素が関係している可能性を示唆している。

newsweekjp_20240919051253.jpg

恐ろしい状況で誰かと手をつなぐと、不安に関連する脳の活動が低下する PEOPLEIMAGES/ISTOCK

3. 手つなぎ

手をつなぐことは、恐ろしい状況での不安軽減に役立つ可能性がある。

最近のランダム化比較試験によると、生検を受ける際に親族や看護師の手を握った男性は握らなかった男性に比べ、不安や痛みを感じることが少なかった。白内障の手術中に看護師の手を握ると、患者の不安感やアドレナリン(不安の生理学的マーカー)のレベルが低下することを示す研究もある。

さらに夫婦を対象とした複数の研究では、恐ろしい状況(ここでは軽い電気ショックを受ける可能性を意識した状態)で誰かと手をつなぐと、不安に関連する脳の活動が低下する効果が確認された。複数の研究によれば、より親密な相手と手をつなぐのが最も効果的だという。

4. マッサージ

ストレス軽減、痛みの緩和、リラックス効果など、マッサージの効用は多種多様だ。これらの効果があると考えられている理由は、迷走神経と副交感神経系の活動に変化が起こるからだ。

副交感神経は「休息と消化」の神経とも呼ばれ、リラクゼーションと回復を促す上で重要な役割を果たす。副交感神経はストレスの影響を和らげて体を落ち着かせる働きがある。皮膚に適度な圧力を加えるマッサージは、このプロセスを助け、さまざまな体内システムを調整してリラックスさせるのに役立つ。

重要なのは、恩恵を受けるのはマッサージを受ける人だけではない点だ。カップルを対象とした研究では、マッサージで双方ともストレスレベルが下がり、頭をすっきりさせられることが示されている。

もちろん、肌を触られるのを好むのは一部の人で、特定のタイプの接触しか好まない人もいるだろう。それでも、さまざまな形の接触が私たちにとって有益なことは分かっている。つまり、私たちはお互いに助け合う方法を工夫しながら、幸福度を高めることができるのだ。

The Conversation

Michael Banissy, Professor of Psychological Science, University of Bristol

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ビットコイン再び9万ドル割れ、一時6.1%安 強ま

ワールド

プーチン氏、2日にウィットコフ米特使とモスクワで会

ビジネス

英住宅ローン承認件数、10月は予想上回る 消費者向

ビジネス

米テスラ、ノルウェーの年間自動車販売台数記録を更新
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 5
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カ…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中