最新記事
映画

ピクサー史上最悪の映画はこれに決定!新作『マイ・エレメント』の出来はひどい

An Epic Fail for Pixar

2023年7月28日(金)12時10分
ダン・コイス(スレート誌エディター)

一方、水のエレメントはアメリカの主流派のWASP(アングロサクソン系でプロテスタントの白人)であるとほのめかされているように見える。ただ、お堅いWASPと異なり、彼らは感情を思いのままに表現し、涙が止まらなくなることも少なくない。

土のエレメントと、風のエレメントはどうなのかって? それは全く分からない。物語の舞台を構成する存在として描かれるだけで、物語には全く絡んでこないからだ。重要なのは「違いを受け入れ合う」という寛容のメッセージだから、そのあたりは大目に見ても、まあいい。

だが、『マイ・エレメント』は物語の筋道をなおざりにしすぎだ。さまざまなエピソードはご都合主義的で、つじつまが合わないことが多い。

町の水道検査官のウェイドは、なぜエンバーの父親の店を法令違反と判断するのか。そしてその判断に異議を唱えるエンバーを、どうしてサポートするのか。なぜ2人は、クィディッチ(「ハリー・ポッター」シリーズに出てくるスポーツ)のような奇妙なゲームの見物に行かされるのか。ウェイドの上司はなぜそこでエンバーを許すのか。どれも理由が全く分からない。

回想シーンが頻繁に差し挟まれたり、それまで言及されたことのない重要なキャラクターの言葉が急に引用されたりと、脚本が何度も書き直されたことを示唆する場面も多い。ぎこちないストーリー展開や意味不明なひねり、大きな矛盾も目立つ。

かつてピクサーは、ストーリーを大切にすることで知られた。改訂を重ね、慎重に練られた脚本が、ブレイントラストと呼ばれる脚本家や監督のグループに提示され、欠点や矛盾が容赦なく指摘され、作品の質を高める重要な役割を果たした。

その根底にあったのは「最高の仕上がりだと誰もが納得できる作品でなければ世に出すな」という考え方だ。映画評論家のノエル・マレーは15年、「全てのピクサー映画に共通する特徴の1つは、各要素が徹底的に考え抜かれていることだ。全てのジョークが鋭く、全てのひねりが効果的で、全ての飾りに意味がある」と語ったものだ。

『マイ・エレメント』は、この3点全てにおいて薄っぺらだ。「ピクサーも終わったな」と言うつもりはないが、ピクサー作品に欠かせない要素を全て兼ね備えた作品が、これほど中途半端な出来になったことは残念で仕方がない。

確かに『マイ・エレメント』は、ピクサーの終わりを示唆する作品ではないかもしれない。だが、ピクサー映画を確実に素晴らしいものにしてきた方程式の終わりを示唆している可能性はある。

©2023 The Slate Group

ELEMENTAL
マイ・エレメント
監督/ピーター・ソーン
声の出演/リア・ルイス、マムドゥ・アチー
日本公開は8月4日

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アマゾンなど3社の株主、米移民政策の影響開示を要請

ビジネス

仏経済、26年上半期は0.3%成長へ 消費安定=I

ビジネス

アングル:フォードのEV撤退、政策転換と需要減の二

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中