最新記事
文学

ガルシア=マルケスの発明「詩的歴史」と後継者たち──ゴールデンウィークに読破したい、「心に効く」名文学(3)

2023年5月5日(金)11時25分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

「革命を再発見する」発明を自分が利用するには

ガブリエル・ガルシア=マルケスが登場するはるか以前から、読み手に新たな世界を想像させる作家はいた。紀元前360年にはプラトンが、神話的なアトランティスの地を描写した。

421年には隠遁生活を送っていた中国の田園詩人、陶淵明が『桃花源記』のなかで失われた理想郷を描いた。

1888年にはアメリカ・マサチューセッツ州の記者エドワード・ベラミーが、小説『顧りみれば』[邦訳は山本政喜、岩波書店、1953年]で空想的な未来世界を生み出し、ユートピア的SFが流行するきっかけをつくった。

だがこれらの作品やその後継作は、ある一点において『百年の孤独』とは決定的に異なる。これらの作品は、過去を再発見するよう読み手を促すことはない。むしろ過去を排除するよう促す。

ときには、あからさまに過去が排除される。地震や疫病の流行、核戦争などの大惨事が起き、既存の世界が滅び去る。またときには、暗黙の内に過去が排除される。

未来のいつか、誰も知らないどこかで物語が展開され、そこでは既存の世界の痕跡がまったくない新たなコミュニティが開花している。

いずれにせよ、これらの作品の作家は、マルケタリア独立共和国と同じ過激な設計図を採用している。過去の社会秩序を一掃し、一からこの世界を再起動しようとしている。

一方、ガブリエル・ガルシア=マルケスのイノベーションは、過去を引き連れていく。

『百年の孤独』では、ホセ・マリア・メロ将軍による1854年のクーデターから、グスタボ・ロハス・ピニージャ将軍による1953年のクーデターまで、およそ1世紀にわたるコロンビアの歴史を詩的に語り直す。

こうして読み手にその歴史を再学習させることによって、アトランティスからマルケタリアまで、ユートピアを運命づけてきた悲劇の連鎖を断ち切ろうとしている。この発明は、既存の根に緑の新枝を継ぎ、有機的に未来を再生する。

『百年の孤独』が発表されてから数十年の間に、マルケスの発明そのものも再発見された。

その成果が、トニ・モリスンの『ビラヴド』[邦訳は吉田廸子、早川書房、2009年]や村上春樹の『羊をめぐる冒険』[講談社、2004年]、ラウラ・エスキヴェルの『赤い薔薇ソースの伝説』[邦訳は西村英一郎、世界文化社、1993年]などの小説、あるいは、ギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』などの映画である。

過去の過ちを繰り返すだけの生活に陥っていると思う人は、これらの小説や映画を通じて心に詩的歴史を注ぎ込んでみてほしい。

自分が知っている過去を百度再考する。その繰り返しのなかで新たな革命を紡ぎ出すのだ。


 『文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明
  アンガス・フレッチャー [著]
  山田美明[訳]
  CCCメディアハウス[刊]


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ブラジル大統領選、ボルソナロ氏が長男出馬を支持 病

ワールド

ウクライナ大統領、和平巡り米特使らと協議 「新たな

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中