最新記事
映画

親ロ派勢力に殺害された監督の遺作『マリウポリ 7日間の記録』──私たちに問う「未来」とは?

Surviving in Mariupol

2023年4月18日(火)14時35分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
『マリウポリ 7日間の記録』

カメラは破壊された街とそこで暮らす人々の日常を淡々と映し出す ©2022 EXTIMACY FILMS, STUDIO ULJANA KIM, EASY RIDERS FILMS, TWENTY TWENTY VISION

<戦禍のマリウポリに生きる市民の日常を撮り続け、志半ばで散った監督の遺作ドキュメンタリーは絶望しかない。しかし、目を背けてはいけない>

カンヌ国際映画祭で上映後のスタンディング・オベーションが宣伝用の「お約束」なのは有名だ。だが昨年5月にドキュメンタリー映画『マリウポリ 7日間の記録』が特別上映された際は、上映前に客席が総立ちになって拍手を送った。

ロシアのウクライナ侵攻直後の昨年3月に激戦地マリウポリに入り、撮影中に親ロシア派勢力に拘束・殺害されたマンタス・クベダラビチウス監督を悼むために。

撮影済みフィルムは助監督だったクベダラビチウスの婚約者により国外へ持ち出され、監督の遺志を継いだ制作チームが編集。未完成の部分もあり、つぎはぎだらけで粗削りだが、かえって悲惨な戦争による混乱で撮影どころではなかったことが伝わってくる。

本作の上映前からカンヌは反戦ムード一色だった。開幕式にはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がオンラインで演説。

「独裁者を攻撃し、同時に扇動もしてきた」映画の歴史に触れ、「毎日大勢の人々が命を落としている」状況について「映画は沈黙するのか、それとも語るのか」と訴えた。

本作では頻繁に爆発音がしてカメラが揺れ、すぐ近くに熱い爆弾の破片が飛んでくるが、戦争行為自体は映らない。それでも破壊の証拠は至る所にある。

被弾し炎上した建物、通りに散乱するごみ袋、自宅避難民と化した人々が逃げ惑う姿。カメラは大抵、自宅を破壊された市民たちが避難している教会の片隅から彼らの姿を捉えている。

人類学者から映画監督に転身したクベダラビチウスは2016年にもマリウポリを訪れ、人々の日常を記録したドキュメンタリー映画『マリウポリ』を発表。

その続編ともいうべき本作では物語性を持たせたり、特定の人物に絞ったりする余地はない。何度か出てくる人物もアップにはならず、かなり長い発言にも字幕は付かない。

戦禍の街の日常を延々と

通りのごみや瓦礫を掃いて、文字どおり崩れかけた世界でわずかでも秩序を回復しようとする市民たちの姿は悲痛で、悲しくも滑稽でさえある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル極右財務相、「パレスチナ国家構想葬る」入

ワールド

プーチン氏に合意の用意、即時停戦の実現不透明も=ト

ワールド

米ロ首脳会談、文書署名の予定なし=ロシア大統領府

ワールド

プーチン氏、米はウクライナ和平で「誠実な努力」 核
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化してしまった女性「衝撃の写真」にSNS爆笑「伝説級の事故」
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 5
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 7
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 8
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 9
    「ホラー映画かと...」父親のアレを顔に塗って寝てし…
  • 10
    マスクの7年越しの夢...テスラ初の「近未来ダイナー…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 3
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 4
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中