最新記事

映画

社会現象になった衝撃のシーンに繋がる物語、『ザ・ソプラノズ』が映画で復活

Sopranos’ Fan Service

2021年11月6日(土)16時45分
デ ーナ・スティーブンズ(映画評論家)

30分ほどで舞台は70年代に移る。高校生のトニーを演じるのは、13年に急逝したガンドルフィーニの息子のマイケル(22)。マイケルの出演はこの企画の目玉であり、その演技は経験不足も含めて初々しく、チャーミングだ。

だが真の主役はディッキーで、物語はトップにのし上がる彼の軌跡を追う。『ゴッドファーザー』風の展開に新鮮味はないが、ニボーラは抑制の効いた演技に葛藤をにじませ、観客を引き付ける。

60年代の歴史も盛り込む

今回は人種間の対立も盛り込まれた。黒人のハロルド(レスリー・オドムJr)はもともとディッキーの同級生で、今は彼に雇われ黒人居住区でみかじめ料を取り立てている。やがて67年に起きた暴動とブラックパワー運動に背中を押されて自ら犯罪組織を立ち上げ、抗争に火を付ける。

頭はいいのに勉強ができないトニーは、学校で賭博をやったりアイスクリーム売りのトラックを盗んで乗り回したりと素行が悪い。一方で、家業には一切関わりたくないと断言している。

映画はディッキーを軸とするオリジナルのストーリーとファンサービスの間を行ったり来たりする。懐かしいマフィアの面々が若い姿で登場するが、扱いはぞんざいだ。トニーの妻になるカーメラでさえ、1度しか出番がない。

内面がうかがえるキャラクターは、女性ではジュゼッピーナのみ。美容院を持つのが夢のジュゼッピーナは未来のカーメラと同様に、彼女の夢をかなえるために男たちが行う犯罪行為に目をつぶる。

映画を楽しむには、ドラマの登場人物に精通し、愛を抱いていることが前提だ。ファンにはうれしいスピンオフだし、映画としての出来もいい。

『ニューアークの聖人たち』はテレビ史に忘れ難い足跡を残したトニーを丁寧に分析してその少年時代を肉付けし、新顔も登場させた。ディッキーなら楽にドラマシリーズを背負って立てるだろう。

とはいえ、テレビシリーズのテーマソングをエンドロールに使ったのはリスキーだ。おなじみのリフレインが聞こえると条件反射でわくわくしたが、同時にカモにされたようでいい気はしなかった。

劇場を後にしながら、私は早く帰って『ザ・ソプラノズ』の第1話を見直したいと、そればかりを考えていた。映画もわくわくさせてくれるがドラマには及ばない。HBOMaxも観客のドラマ回帰を見込み、劇場公開と同時にネット配信に踏み切ったはずだ。

©2021 The Slate Group

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ビジネス

訂正米アップルCEOがナイキ株の保有倍増、再建策を

ビジネス

仮想通貨交換コインベース、予測市場企業を買収 事業

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中