最新記事

カルチャー

独立時計師・菊野昌宏が腕時計に宿らせる、いにしえの時の流れ【世界が尊敬する日本人】

2021年8月10日(火)06時30分
前川祐補(本誌記者)
独立時計師の菊野昌宏

日本人初の独立時計師アカデミー会員になった菊野と工房 TORU HANAI FOR NEWSWEEK JAPAN

<世界に31人しかいない独立時計師アカデミー会員に日本人として初めて選ばれた時計職人が欧米人を驚かせたスゴ技とは>

2021081017issue_cover200.jpg
※8月10日/17日号(8月3日発売)は「世界が尊敬する日本人100」特集。猪子寿之、吾峠呼世晴、東信、岩崎明子、ヒカル・ナカムラ、阿古智子、小澤マリア、CHAI、市川海老蔵......。免疫学者からユーチューバーまで、コロナ禍に負けず輝きを放つ日本の天才・異才・奇才100人を取り上げています。

スイス北部の都市、バーゼル。この地では1917年から世界最大規模の時計見本市が開催されてきた。高級ブランドから大衆ブランドまでが1週間にわたり最新作を披露し、世界の時計市場を動かす。

その期間中、知る人ぞ知る奇才の時計師たちが顔を合わせるのが、独立時計師アカデミー(AHCI)だ。大企業に属さず独創性あふれる時計を製作する時計師からなる国際組織で、えりすぐられた会員はわずか31人。菊野昌宏(38)は2011年に準会員として入会を認められ、2年後に日本人として初めて正会員に選ばれた。

「日本の文化を内包した時計を手作りする時計師」。アカデミーでそう評される菊野の作品は、単に和風のデザインというだけではない。日本人が近代まで持っていた時間との向き合い方が反映されている。いわゆる「不定時法」だ。

現代のアナログ時計を見れば、1時から2時、2時から3時と、等しく30度の開きで時が隔てられている。だが日の出と日の入りを時間のよりどころにしていた時代、季節によって昼と夜の一刻の長さは異なった。

その時法を反映させた大掛かりな和時計は江戸時代からあったが、菊野はその仕組みを腕時計に搭載しヨーロッパ人たちを驚かせた。

極小の部品も手作り

さらに目の肥えた欧米の時計職人たちを仰天させたのは製作方法だ。「100%ではないが、かなりの部品」を手作りする菊野は、極小サイズのネジなどを金属板から切り取り削り上げていく。「アカデミーのメンバーは皆ものづくりが大好きな変わり者だが、その彼らからクレイジーだと言われる」と菊野は笑う。

そのため製作本数は年間2本程度で、見せてくれた製品群の価格は数百万円から1800万円もする。

ものづくりへの徹底したこだわりを見せる菊野だが、浮世離れした偏屈な職人かたぎの人物ではない。大衆向けの商品でも、そのメカニズムを意欲的に探る柔軟な考えの時計師だ。

取材中、部屋の角にあった置時計からリンリンと時報が鳴った。これも自身の作品かと尋ねると、「(模型パーツ付きマガジンなど分冊百科シリーズで知られる)デアゴスティーニで買った和時計」だと言う。「精巧でよくできている。雑誌の中に部品を入れることを想定して作られているので、ならではの工夫や設計が見られる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金の強気相場続く、1オンス=2600ドルがピーク=

ワールド

米共和党対中強硬派、華為への販売全面阻止を要求 イ

ビジネス

世界のワイン需要、27年ぶり低水準 価格高騰で

ワールド

米国務省のアラビア語報道官が辞任、ガザ政策に反対
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中