最新記事

映画

『マトリックス』『ファイト・クラブ』『ボーイズ・ドント・クライ』......1999年こそ映画の当たり年!

We Lost It at the Movies

2019年5月16日(木)18時00分
メアリー・ケイ・シリング

――あなたは99年を「文化の断絶(カルチャー・ラプチャー)の年」と呼ぶ。21世紀が目前だったことと関係があるのか。

90年代半ばから企画が始まった作品もあるから、一概にそうは言えない。でも、たまたまこうした作品が集まっただけとも思わない。90年代の最後の数年は好景気だったけれど、インターネットや24時間ニュースの普及で、世界がひどく加速しているように感じたものだ。

だから人々は「待てよ、自分は一体誰だ? 自分の居場所はどこだ?」と考えるようになった。21世紀を前にして、みんな無意識に気持ちを整理する節目としたのだろう。

――そういう流れは見た当時に感じたのか、それとも大量の映画を見直してから?

ホワイトカラーの不満を描いた映画を数えてみる必要はなかった。このテーマは企業に反旗を翻す『リストラ・マン』だけでなく、『マトリックス』『ファイト・クラブ』『アメリカン・ビューティー』にも流れている。『マルコヴィッチの穴』も職場と家を往復する文化から逃げ出そうとしている。ワーキングスペースの共有や自宅勤務ができる現代では過去のことに思えるだろうが、こうした不満は今も共感を呼ぶ。

アイデンティティーについてや、他人になる願望のテーマが多いのにも驚かされる。『マルコヴィッチの穴』はもちろん、『ボーイズ・ドント・クライ』、アンソニー・ミンゲラの『リプリー』、デービッド・クローネンバーグの『イグジステンズ』などだ。たまたま一斉に集まったとは思わない。

――クリストファー・ノーランは監督デビュー作『フォロウィング』を99年のスラムダンス映画祭に出品した。同年のサンダンス映画祭ではダグ・リーマンの『go』とトム・ティクヴァの『ラン・ローラ・ラン』が高い評価を受けた。こうした時系列をシャッフルさせる映画が、なぜそれほど観客に受けたのか。

ノーランに言わせると、VHSやDVDの登場で、観客は映像を一時停止させたり、後戻りさせたりすることに慣れた。同感だね。でも、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』(94年)の大成功も関係があるだろう。これは時間軸を入れ替えた最初の映画ではないけれど、興行収入が1億ドルを超えた初のインディーズ映画になり、アカデミー賞の脚本賞も受賞した。だからスタジオもこんな手法にゴーサインを出すようになったのだと思う。

――『アメリカン・ビューティー』はアカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞などを獲得したが、今では評判が悪い。しかしあなたはこの本で、観客にうっすら覚えられているよりもいい、と書いている。

僕も公開当時は好きじゃなかった。そのうち世間でも「テレビドラマの映画版だ」と酷評され始めた。でも見直すうちに、当時は批判された作品の設定が現代に見事に重なると思うようになった。淫行おやじと隣人のナチ信奉者を描くなんて、当時はやり過ぎだったかもしれないが、今なら違和感がない。

――20年後の今、未来を予見していたと思う映画は?

『ハイスクール白書』のヒロインを悩ませる女性差別には、今の僕らのほうが敏感だろうね。『マルコヴィッチの穴』はインターネットそのもの。ネット社会では他人の経験を自分がした気になることも、他人の人生を乗っ取ることもできる。

『ファイト・クラブ』のテロリスト集団スペース・モンキーズが行う破壊工作は、ネットの荒らしやいじめを思わせる。彼らは深い考えもなしに、ゲーム感覚で何かを破壊するんだ。

だが断トツで時代を先取りしていたのは『マトリックス』だ。赤い薬と青い薬は、僕らも毎日選んでいる。現実に戻る薬を飲むのか、現実を見ずに済む薬を飲むのか。怖くなったり悲しくなったりするのを承知で、そういうニュースをクリックするのか。それとも気晴らしになるサイトをクリックするのか。人工知能が人間を超え、人のエネルギーを吸い取る。まさに、いま起きていることじゃないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中