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「売春島」三重県にあった日本最後の「桃源郷」はいま......

2018年2月5日(月)16時31分
印南敦史(作家、書評家)

いわば、売春産業なくしてはやっていけない島。浄化によって衰退したとしても、全く不思議な話ではないのである。

しかし意外なのは、売春産業に直接関わっていない住民たちも決してそうした島の歴史を否定していない点だ。


 古くから島で商売する飲食店の店主は言った。
「栄えた時代を知っとる年寄りやからさぁ、やっぱり下火になったから『昔は良かったねぇ』って話ばかりなんやけど。でも、もし栄えてきたときに、果たしてこの島で働く人がいるだか......。ここはさぁ、高校が近辺にないからさぁ。すると伊勢市まで出て下宿になるからさぁ。そうして街の味を知ったら若いコが帰ってくるわけないよね。(中略)
 クリーンとか言ってさぁ、わざわざ船に乗ってまでこの島に来る? よっぽど魅力がある観光施設がないと無理でしょう」(205~206ページより)


 居合せた地元生まれの老女にも意見を求めた。
「私もアパート経営で潤っていましたけど、今はほとんど空き部屋の状態です。だから復活して欲しいとまでは言わんけど、昔は良かったなと思いますよ。それにここまでダメになったらもう、復活は無理でしょう。(中略)
 はっきり言って、昔は売春に頼っていた島でした。ほんとそうです、この島の全部が。一〇〇パーセントと言っても過言じゃないよ、みんな何かしら恩恵を受けて潤っとったわけです。オネーチャンがおればタバコ一つ、自動販売機でジュース一つにしても買ってくれたんですから。いくら『私らは関係ない』と言っても、関係ないでは通らへんのです。
 だから女のコの商売がダメだとか、そんなことは全く思っていなかった。みんなそうだと思います。私が幼い頃からね、風よけ街として船が港にバーッと停まって。もうその頃から遊郭が何軒もあったんですから」(206~207ページより)

先述した2016年の伊勢志摩サミット前後から、三重県内はサミット一色に染まったという。会場となった賢島はもちろん、周辺ホテルはどこも満室となり、関連商品も飛ぶように売れ、サミット終了後も活況を呈することになったというのだ。

しかしそのような動きは、売春島の凋落をいっそう激しくさせることにもなった。当然ながらそれは、売春産業の流れに、大きな影響を与えることになったのである。

上記の発言者がそうであるように、島の最盛期を知る人はみな高齢。最盛期には多くの女の子が暮らしていたものの、現在は日本人と東南アジア系合わせて10人ほどしかいないという。

渡鹿野島は、ハート型の地形である。そのため島は、恋愛が成就する「ハートアイランド」としての認知度を高めようとしている。ウェブサイトにも、「ハートのカタチのふるさとです」と書かれている。"売春島"が"恋愛成就の島"とは冗談にもならないが、果たしてこの島は、そうしたイメージ戦略によって復活できるのだろうか?

残念ながら本書を読む限り、その道のりは前途多難だとしか言えない。


『売春島――「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』
 高木瑞穂 著
 彩図社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。

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