最新記事

BOOKS

「売春島」三重県にあった日本最後の「桃源郷」はいま......

2018年2月5日(月)16時31分
印南敦史(作家、書評家)

次いで、四国や九州から移住した「4人のオンナ」が、スナック型の置屋を興隆させ、それが渡鹿野島を売春島として認知させることにつながったことを突き止める。

そして以後も、当時を知る関係者をひとりひとり訪ね、ずっと明らかにされなかった事実をコツコツと解明していく。そのプロセスは「コツコツと」と表現するにふさわしく、別な表現を用いるなら、とても手のかかるもの。しかしその甲斐あって、なかなか明らかにされることのなかったこの島の真実が、少しずつ明らかになっていく。


「(前略)もう、どんだけ儲けたか。最盛期、島では『ドラム缶から札束が溢れとる』って噂やったから。
 もうお客さんが並んでいる状態やったからさぁ。(中略)次から次へと売春婦がやってきて、女のコの部屋が足りず民家の一間も借りとるほどやったで。(中略)家賃払えばみんな貸してくれたんや。しかも安い値段やないと思うで。
 だから大通りは人が歩けんほどやった。肩がブツからずに歩けんかったほど湧いとった。(181ページより)

これはチーママとして置屋を切り盛りしていた"A組下部組織組長の姐さん"による証言だが、決して誇張された話ではないようだ。絶頂期だった80年代にはパチンコ屋、ストリップ劇場、ホテル、喫茶店、スナック、居酒屋等がひしめきあい、一大レジャーランドの様相を呈していたというのである。人口200人程度の小さな離島であることを考えると、驚きを隠せない話である。

しかし時の経過とともに、その"観光産業"は衰退していくことになる。暴力団とつながりを持つ置屋の女将が経営する大型ホテル「つたや」の成功で島は絶頂期を迎えるも、2000年代に現れた自称「経営コンサルタント」の"事件屋"が女将に取り入り、その財産を根こそぎ奪ったのである。


売春島は、こうした事件屋がつけねらうほど売春産業で隆盛し、なかでも一人勝ち状態だった『つたや』がターゲットにされた。
 そして『つたや』の崩壊により、さらに島の凋落が加速したのは、揺るがぬ事実のようだ。当然である。島の顔として君臨していた大型ホテルが一つ、もぬけの殻になってしまったのだ。(161ページより)

そんな渡鹿野島では現在、浄化運動が推し進められている。浄化の流れは行政指導ではなく、旅館組合など島民たちが1990年ごろに立ち上げ、それに行政が乗った形だという。つまり、まだ売春産業が成り立っていた時期からそういう動きがあったことになる。

その背景には「つたや」への妬みがあったという意見も存在するが、摘発が相次いだ時期でもあり、クリーン化に舵を切るのは仕方のないことではあった。しかしその結果、売春島の景気は凋落し、いまや風前の灯となっているのだ。

なにしろ、観光スポットなどない場所なのである。温泉が目的なら、三重県内には名の知れた温泉街がいくらでもある。おいしい魚介類を食べたいなら、わざわざ島に渡らなくとも志摩にはアワビや伊勢海老など豊富な海産物を堪能できる旅館が多い。そもそも渡鹿野島には魚介を採る漁師がいないため、島で食べられるものは志摩などから買ってきたものばかり。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩

ワールド

イラン、欧州3カ国と2日にローマで会談へ 米との核

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

豪総選挙、与党が政権維持の公算 トランプ政策に懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中