「安い・早い・うまい」の原点、パリ生まれの大衆食堂「ブイヨン」が復活した理由
How Paris’ working‑class dining experience is reshaping restaurant economics in France
2019年に再開されたモンパルナスのシャルティエ2号店 MARK HERTZBERGーZUMAーREUTERS
<19世紀生まれの古典的な大衆食堂が、フランスで再び脚光を浴びている。物価高の時代に、その手頃さと合理性があらためて支持を集めている──>
フランスで、懐かしのブイヨン風レストランが続々オープンしている。
19世紀のパリで労働者向けの食堂として誕生したブイヨンは、格安の料理を陽気な雰囲気で味わえる場所として人気だったが、その後は廃れた存在になっていた。それが今、なぜカムバックしているのか。この「古風」なレストランには、どんな特別な魅力と歴史があるのだろう?
当時パリで急増していた労働者層に、滋養のある手頃な食事を提供するという革新的構想の生みの親は、2人のオランダ人が設立した「オランダ社」。
彼らが1828年に小規模な飲食店をいくつか開業し、牛の骨を煮込んだブロス(フランス語でブイヨン)を安価で販売したことから、低価格の定食を楽しめる大衆食堂のブイヨンが生まれた。
オランダ社は1854年に廃業したが、時を同じくして、バティストアドルフ・デュバルが「ブイヨンブーム」の歴史を作り出した。
パリで精肉店を営んでいたデュバルは、売れ残った肉の使い道を探していた。思い付いたのが、余った牛肉で上質のブロスを作ることだ。
パリ中心部の歴史的地区にあるラ・モネ通りに、デュバルが食堂を開いたのは1854年。シンプルで温かい家庭料理を格安で提供し、近隣のレアール地区にあった中央市場で働く貧しい労働者でも気軽に食事ができるようになった。
当時のパリでは、セーヌ県知事のジョルジュ・オスマンが主導する都市整備事業が進行し、国内各地から労働者が集まっていた。彼らの食事が必要となるなか、新事業に成功したデュバルはパリ各所に食堂を展開した。その1つが、ルーブル美術館に近い豪華な鋳鉄製のホールだ。
1855年に開業したこの店舗は、総面積800平方メートルの倉庫を改修したもので、最大収容客数は500人。中休みなしで営業し、特徴的な黒の制服に白いエプロン、チュール製のキャップ姿のウェートレスが接客した。
彼女たちはデュバルの店の象徴になり、オーギュスト・ルノワールやジョリスカルル・ユイスマンスなど、多くの画家や作家が題材にしている。
「コスパ」のいい食事や柔軟な営業時間、定価が明確なメニューは新たな顧客を呼び寄せ、中流層や小ブルジョワ層も訪れた。メニューは次第に進化し、定番のポトフや牛肉の赤ワイン煮、子牛肉のローストに加えてカキや家禽類、魚の料理も並ぶようになった。
清潔な食堂だったブイヨンは近代的な外食体験の先駆けになり、質の高い素材を使ったシンプルな料理を基本とする飲食店の在り方に道を開いた。ファストフードの先祖の1つとも見なされている。

時代遅れになった後で
デュバルのブイヨンが経済的に成功した主な要因は在庫管理モデルだ。「規模の経済」効果を武器に、現代の飲食店チェーンのように食材の供給体制を管理した。
その成功に刺激され、パリのブイヨンはどんどん増えた。1896年にグラン・ブールバール地区で開業したブイヨン・シャルティエは、広々とした店内を木材の装飾やアールヌーボー様式のランプが彩り、歴史的建造物に指定されている。ほかのブイヨンと違い、この店は営業を中止することも名称を変更することもなく、時代や流行の変化の試練に耐えて生き残ってきた。
もっとも、一時はパリ名物になったブイヨンも、20世紀前半の戦間期を迎える頃には人気が衰えていた。第2次大戦後のフランスの経済成長期には、モダンで「高級」なブラッスリーの流行に押されて過去の遺物扱いされ、1960年代以降はファストフードブームの波にのみ込まれた。
だが、ブイヨンの伝統と伝説は死に絶えなかった。その証拠が、レストラン事業を手がけるムシエ兄弟が2017年11月、パリ18区にオープンしたブイヨン・ピガールだ。
食堂風の大テーブルがあるレトロでくつろいだ雰囲気の中、伝統的な家庭料理やデザートを手頃な価格で楽しめる店、予約は不可で、中休みはなし──ブイヨンならではの食体験のリミックスを目指した同店は大歓迎された。
これをきっかけに、新たなブイヨンが(再び)登場し始めた。いい例が、18年に再始動したブイヨン・ジュリアンや、21年に有名なアルザス料理店を改修して誕生したブイヨン・レピュブリックだ。
安さと伝統の味の魅力
物価上昇のさなか、3品のコースを約20ユーロで楽しめるブイヨンは大勢のフランス人や外国人観光客らを魅了する。
ブイヨン復興を支える柱は、シンプルさと本物の味だ。多くの店が地元生産者との提携や地産地消に取り組み、自家製の料理にこだわっている。
フランス的食体験と密接に結び付くブイヨンは、今やパリだけでなく国内各地に出現している。大半は伝統路線に忠実だが、地元色を貫く店もある。
北部の都市リールにあるプティ・ブイヨン・アルシードは、特産のチーズを使ったベークド・マロワルを提供。アルプス山脈に位置するオートサボワ県のキャンティーヌ・ブイヨン・ド・セノドでは、ポレンタ添えのサボワソーセージを味わえる。
近年では、ミシュランの星付きシェフが手がけるブイヨンもある。2つ星シェフのクリストフ・アリベールは22年、出身地である南東部の町グルノーブルにブイヨンAを開店。地元産の旬の有機食材を使った料理を提供している。
同じく2つ星シェフのティエリー・マルクスも24年、パリ近郊のサントゥアンにブイヨン・デュ・コックを開いた。時代遅れと言われがちな料理を刷新し、驚異的な低価格で提供する場として始めた同店では、マルクスの代名詞であるコック・オ・バン(雄鶏の赤ワイン煮)も堪能できる。
フランスでは23年前半以降、推定で1カ月当たり1軒のブイヨンが開業している。顧客を引き付ける大きな理由は、やはり値頃感だ。
ブイヨンが低価格を維持する秘訣は、調理の手間や盛り付けを簡素化すること。メニューをほぼ変えず、大量仕入れでコストを抑えながら、高い客席回転率を確保している。
とはいえ、魅力は安さだけではない。フランス伝統の家庭料理を快適な空間で楽しく、待たされずに味わえるのだから、ブイヨンへ行けば満足できることは間違いない。
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Nathalie Louisgrand, Enseignante-chercheuse, GEM
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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