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リンゴ由来の材料で「体の一部」を育てる? 再生医療を前進させる新技術

Developing lab‑grown human cartilage… using apples!

2026年3月13日(金)15時23分
カリム・ブーメディアン (仏カーン・ノルマンディー大学教授〔生化学〕)
再生医療の新技術の素材として注目されるリンゴ

さまざまな組織や臓器の損傷を修復して機能を回復させる手法として、植物由来の組織を用いた再生医療に期待が高まっている SABBIR MEDIA/SHUTTERSTOCK

<再生医療を前に進めるカギは、細胞ではなく「足場」にある。その有力候補として、植物由来の材料が注目されている>

カーン・ノルマンディー大学(フランス)で筆者が率いるバイオコネクト研究ユニットは、脱細胞化(生体組織の細胞成分を除去して3次元構造のみを抽出すること)したリンゴを用いて、ヒト幹細胞から軟骨組織を形成することに成功した。

今回の研究は、脱細胞化したリンゴを細胞培養の土台となる足場(スキャフォールド)として使い、実験室のペトリ皿で──つまり「体外」で──ヒト幹細胞から軟骨組織を形成した。これは組織工学と呼ばれる技術で、ヒトの組織を体外で作製し、損傷した組織を修復するための移植片として使う。


多くの疾患や外傷は組織が破壊され、それを修復しなければならない。変形性関節症や骨粗鬆(こつそしょう)症のように、骨や軟骨の組織が徐々に衰える変性疾患もその一例だ。そのため組織移植の需要は極めて高い。

しかし、移植に使える健康な組織はドナーが少なく、適合性が大きな壁になる。従って可能な限り本人の細胞を使えば、免疫拒絶反応のリスクも回避しやすくなる。

ただし、実験室で細胞を簡単に培養できても、そのままで完全かつ機能的な組織へと自然に組織化するわけではない。そこで骨組みとなる足場を用いる。細胞が特定の組織を形成するための構造を与えて3次元的に成長させ、真の組織を形成させるのだ。

例えば、脱細胞化したヒト組織を足場に用いて、健康な細胞を追加するという手法もある。ただし、利用可能なヒト組織は少なく、10年ほど前から植物由来の組織も足場として使われ始めた。

既にさまざまな材料が検証されてきたが、植物由来の足場を用いてヒトの軟骨組織を形成することに成功したのは今回が初めてだ。これは、脱細胞化したリンゴと哺乳類細胞との適合性を示したカナダの研究から着想を得ている。

植物由来の材料には多くの利点がある。入手しやすく、非常に安価で、生体との適合性が示されており、修復する組織の形状に成形しやすい。

組織工学の新たな挑戦

これらの組織が時間の経過とともにどのように反応し、患者にとってどのくらい有益かを理解するためには、動物実験を経てヒトでの試験がさらに必要となる。

今回の研究は、組織再建手術などにおける組織工学の新たな可能性を開く。植物由来の足場を使った培養組織は、疾患のモデル化や治療試験にも活用できる。実際の臓器の一部の構造や機能を再現したオルガノイドモデル(いわゆる「ミニ臓器」)を用いることで、動物実験を削減あるいは代替できる。

今後は、特定のヒト組織の形成に最適な植物や植物の部位を見つけることを目指す。セロリなど他の植物でも既に研究が始まっている。驚くほど多様な植物には、まだまだ多くの可能性が残されている。

Reference

Hammad, M., Dugué, J., Maubert, E., Baugé, C, Boumédiene, K. Decellularized apple hypanthium as a plant-based biomaterial for cartilage regeneration in vitro: a comparative study of progenitor cell types and environmental conditions. J Biol Eng 19, 38 (2025). DOI: 10.1186/s13036-025-00502-2

The Conversation


Karim Boumédiene, Professeur de biochimie et biologie moléculaire, ingénierie tissulaire, Université de Caen Normandie

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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