最新記事

BOOKS

「売春島」三重県にあった日本最後の「桃源郷」はいま......

2018年2月5日(月)16時31分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<置屋・ホテル・飲食店でも女の子を紹介される、最盛期にはドラム缶から札束が溢れた、自称経営コンサルタントが「島の顔」を崩壊させた......。「売春産業によって成り立つ島」として都市伝説化していた渡鹿野島、その過去と現在を雑誌記者が探った>

売春島――「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(高木瑞穂著、彩図社)は、「売春産業によって成り立つ島」として長らく都市伝説化していた、三重県志摩市、的矢湾に位置する離島「渡鹿野島(わたかのじま)」の実態を浮き彫りにしたノンフィクション。

著者は、風俗専門誌編集長、週刊誌記者などを経て独立したというルポライターだそうだが、本書に目を通すと、豊富な取材経験を持っているのであろうことがはっきり分かる。取材姿勢に妥協がなく、通常では立ち入れないような領域まで踏み込むことに成功しているのである。

冒頭から、強烈なインパクトに圧倒される。ナンパされた相手に騙されて"売られた"当時17歳だった少女が、この島から泳いで逃げてきたというエピソードからスタートするからだ。本人の視点で書かれた回顧録に続き、このような解説が続く。


通称"売春島"から命からがら泳いで逃げて来たという少女にテレビ関係者の知人、青木雅彦(仮名)氏が東海地方の某所に会いに行ったのは、二〇〇〇年二月のことだった。
「会うまでは半信半疑だったけど、聞けば実際に"売春島"で働いたことがないと分からないような話だった。第一印象? 容姿は良かったよ。このコが売春していたら『人気が出るだろう』ってレベルの。でもフツーというよりは、少しヤンキーというか風俗に染まってる感じのコ。彼女は一人でやって来た。最寄り駅で待ち合わせ、雪道を歩いて近場の居酒屋に入ったのを、今でも鮮明に覚えている」(17ページより)

泳いで逃げ帰ってきた少女が、果たして本当に存在したのか? 客観的に判断して、そこには疑問も残る。とはいえ、渡鹿野島が売春島であったことをいやでも実感させる話ではある。

著者は約8年前に雑誌の取材でこの島を訪れ、その実態を目の当たりにしているが、そこで見たものは、予想以上に寂れた島の実態だったという。置屋、ホテル、旅館、客引き、飲食店などでも女の子を紹介してくれ、セックスできはするものの、それは桃源郷と呼ぶにはほど遠いものだったというのである。

そして著者自身もこの時点では、"ヤバい島だ"という程度の認識しか持っていなかったのだそうだ。ところが、あることをきっかけに、「もっとこの島のことを知りたい、探りたい」という思いが大きくなる。2016年5月に開催された、第42回先進国首脳会議、伊勢志摩サミットである。


"売春島"は、サミット会場になった賢島(かしこじま)にほど近い位置にある。それにより複数の雑誌媒体などが"売春島"とサミットを関連させ、いまだ売春産業が続くこの島の現状をルポし、それと同時に行政側の隠蔽体質を浮き彫りにした。
 しかし、それらの報道は、当事者たちを置き去りにした問題提起に過ぎなかった。僕が八年前から数回に亘ってこの島をルポしてきたように、年々疲弊する島の現状を伝える。観光業を全面に押し出しクリーン化を進める流れと、対極にある売春産業、その光と影の上澄みだけをすくい取り"過渡期"と論じる。それ以上でも、以下でもなかったのだ。
 これが僕を突き動かした。(28ページより)

かくして著者は、サミットが終わった同年の12月から取材を開始。「走りがね(船人相手の女郎)」が存在していた江戸時代に端を発するこの島の売春事情が、終戦後にも引き継がれたことを知る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

オランダ政府、ネクスペリアへの管理措置を停止 対中

ワールド

ウクライナに大規模夜間攻撃、19人死亡・66人負傷

ワールド

ウクライナに大規模夜間攻撃、19人死亡・66人負傷

ワールド

中国、日本産水産物を事実上輸入停止か 高市首相発言
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中