最新記事

テレビ

40歳になったセサミストリート

2009年7月14日(火)17時06分
リサ・ガーンジー(ジャーナリスト)

あくまでもリベラルに

 調査によれば、『セサミ』を見ている子供は見ていない子供に比べて、文字や数字の認識力、語彙や初歩的な算数のテストの点が高かった。01年の調査では、『セサミ』が読解力向上にもたらした効果は高校生になるまで持続することが分かった。「この番組は、テレビに対する親たちの考え方を根底から変えた」と、マサチューセッツ大学の心理学者ダニエル・アンダーソンは言う。

 番組が目指したのは、テストの点数を上げることだけではない。社会の現実を取り上げていく姿勢が、『セサミ』には常にあった。

 スタートから『セサミ』は、都市の低所得者層の子供たちに狙いを定めていた。当時は公民権運動の最盛期。番組が始まる前年の68年にはマーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺され、ワシントンやシカゴなどで暴動が相次いだ。

「『セサミ』はスタート当初から、異なる人種が共に生きる姿を意図的に見せていた」と語るのは、「子供とメディアの全米センター」のデービッド・クリーマン会長。「子供と親のためのモデルをつくろうとしていた」

 そんな番組の姿勢を、過激と感じる人も多かった。テレビに登場する黒人の役柄がたいてい使用人か芸人だった時代に、『セサミ』は白人と黒人を平等に描いていた。

 予想どおりというべきか、南部のミシシッピ州では強い反発が起きた。70年5月、同州の教育テレビ委員会は『セサミ』の放映禁止を決定した。

 このときクーニーは「ミシシッピの白人と黒人、双方の子供にとって悲劇」だと語った。この発言がニュースに取り上げられ、社会的な関心が高まった。22日後、州委員会はようやく放映禁止の決定を撤回した。

『セサミ』が発してきた人種融和のメッセージのなかでも、黒人のロビンソン一家をアメリカのお茶の間に紹介した効果は見過ごせない(夫のゴードンは教師、妻のスーザンは看護師)。『セサミ』があったから、ホワイトハウスの今の住人がいるというのは言い過ぎだろうか。「私たちの番組が、バラク・オバマの当選にいくらかでもつながったと思いたい」と、クーニーは言う。

9・11後の不安も描く

 国外での影響力も大きい。これまで『セサミ』は多くの国と地域に輸出されてきた。パレスチナ自治区やコソボ、バングラデシュなど、寛容のメッセージが必要な地域でも放映されている。

 南アフリカで大統領がHIV(エイズウイルス)とエイズの因果関係を否定する発言をすると、『セサミ』はHIVに感染した黄色い顔の女の子を登場させた。いま南アフリカ版は、国内で使われている11の言語で放映されている。

 博愛的なメッセージが、常に受け入れられたわけではない。98年にスタートした中東版は、イスラエルとパレスチナの共同制作だった。イスラエル人とパレスチナ人の人形は別の通りに住んでいるが、時々は一緒に遊んでいた。

 ところが、パレスチナの反イスラエル闘争が激化したことから、共存のメッセージを維持できなくなり、番組は打ち切りになった。06年に復活したが、イスラエル版とパレスチナ版は別々に制作され、現在のパレスチナ版にはイスラエル人が登場していない。

 政治のほかにも扱いにくいテーマはある。9・11テロ後に制作されたエピソードでは、料理のときに油に火が付いたのを目にしたエルモがトラウマに苦しむ。ハーレムの消防署に行って、ようやく心を和ませる。『セサミ』は9・11後の視聴者の不安を、多くの大人向け番組よりもしっかり受け止めていた。

 駄菓子屋のミスター・フーパーを演じるウィル・リーが82年に心臓発作で急死したときには、死をテーマにしたエピソードを制作。長年の友を失ったビッグバードの悲しみと混乱を描いた。

 ダウン症などの病気がある子供もよく登場する。「『セサミ』で初めてバレエを見たという子供は多いと思う。とりわけ、車椅子の女の子のバレエを見られるのは、この番組くらいだろう」と、セサミ・ワークショップのローズマリー・トルリオ副社長(教育リサーチ担当)は著書に書いている。

 もちろん、誰もが『セサミ』は正しいと思っていたわけではなかった。スタート当初にはヒスパニック系団体に、ヒスパニック系のキャラクターがいないことを批判されたことがある。主役クラスに女の子が初めて加わったのも、92年のことだった。

 消費者運動家のラルフ・ネーダーらに、過剰なライセンスビジネスを批判されたこともある。番組関連の教育ソフトウエアが、専門誌で酷評されたこともある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中