最新記事

ヨーロッパ

アップル非課税騒ぎがルクセンブルクに飛び火

多国籍企業の課税逃れへの非難が高まるなか、欧州の租税回避地がスケープゴートに

2013年6月19日(水)16時31分
ポール・エイムズ

金融立国 ルクセンブルクはGDPの4分の1を金融セクターに依存している Francois Lenoir-Reuters

「われわれは繁栄を手放すつもりはない」

 これがルクセンブルクのモットーだ。それもそうだろう。ルクセンブルクの国民は、世界で最も裕福とも言える。世界銀行の推定によれば、アメリカの国民1人当たりの名目GDPは5万ドルだが、ルクセンブルクは10万7000ドルに上る。

 だがこの先はどうなるか分からない。欧州の指導者たちが企業の税金逃れの取り締まり強化に乗り出したからだ。アップルやグーグルなど巨大な多国籍企業は、各国の税制の違いを利用して、数十億ドルの利益を上げてもほとんど税金を払わずに済むよう複雑な租税回避策を駆使している。なかでもヨーロッパの中心でタックス・ヘイブン(租税回避地)を提供しているルクセンブルクは非難の的だ。

 先月ブリュッセルで開催されたEU首脳会議では、金融危機に苦しむ欧州に年1兆3000億ドルの損害を与えている課税逃れ封じがテーマに。そこでルクセンブルクの巨大な金融業界がやり玉に挙げられた。

 国際的な圧力に直面したルクセンブルクは、同国の金融セクターの繁栄を支えてきた銀行の秘密保持策を緩和することに同意。ユンケル首相は15年以降、国外の個人預金者が得た利息と口座の詳細について、他のEU諸国と自動的に情報交換できるようにすると約束した。「世界的な動きに合わせたまでだ」と、ユンケルは言う。「フランスやドイツの圧力に屈したわけではない」

 だが多くのルクセンブルク人は、自分たちがスケープゴートにされたと感じている。「偽善だ」と、ルクセンブルク大学の経済学者パトリス・ピエレッティは言う。「アメリカには何の問題もなく利益を隠し、課税を回避できる州がある」

金融頼みはもう限界か

 ルクセンブルク当局も国際的な非難に反論。同国の金融部門には資金洗浄に関する厳しい規制があり、脱税の取り締まりにも役立っていると主張する。

 同国の金融セクターはGDPの4分の1を占め、ファンド設定地としてはアメリカに次いで世界2番目の規模だ。キプロスのような金融崩壊を心配する人は少ないが、金融セクターに過度に依存する危険を目の当たりにしたことで、産業の多様化を迫る圧力は増している。

 ルクセンブルクは現在、情報・通信や生命科学産業の育成に注力し、金融セクターへの依存度を減らそうとしている。既に同国には欧州最大のメディア企業RTLグループ、世界最大級の衛星通信会社SES、欧州最大の航空貨物会社カーゴルックスがある。さらに電子商取引の拠点となるべく、アマゾン・ドットコムやアップルのiTunes、スカイプなどの欧州本社も誘致している。

 ルクセンブルクの国民は、強国に挟まれた小国が生き残るためには、時に適応力や妥協する姿勢も必要だということを知っている。

 だが一方で、彼らは戦わずして金融分野の優位を手放す気もなさそうだ。先月のサミットでユンケルは、EUの新しい情報共有ルールを自国の銀行に適用するのは、スイスや他のEU圏外のライバル国が同様のルールに同意した場合のみだということを明確に示した。

 ルクセンブルクはどんな難題に直面しても、その柔軟性のおかげでヨーロッパで最も豊かな国であり続けると、同国の古参議員ノーバート・ハウパートは確信している。「わが国にはノウハウがあり、企業のエネルギーもある。議会にも銀行業界を守る覚悟がある。損害は抑えることができるだろう」

[2013年6月11日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中