最新記事

戦略なきオバマの「失政」

中東革命の軌跡

民衆が次々と蜂起する
中東の地殻変動を読み解く

2011.05.17

ニューストピックス

戦略なきオバマの「失政」

中東の同盟国があきれたオバマ政権の大局観なき外交政策がエジプト革命を「悪夢」に変える

2011年5月17日(火)20時02分
ニーアル・ファーガソン(本誌コラムニスト、ハーバード大学歴史学部教授)

「政治家にできるのは、歴史を歩む神の足音に耳を澄ますことだけだ。その音が聞こえたら、跳び上がって神の外套の裾をつかまなければならない」
プロイセン王国の偉大な政治家にして、140年前のドイツ統一の立役者、オットー・フォン・ビスマルクはそう言った。

 バラク・オバマ米大統領は先週、就任以来2度目となる「神の足音」を聞いた。だがオバマは歴史的チャンスを逃し、中東における民主主義革命という波にまたも乗り損ねた。

 オバマの大統領就任以来、この波は2度押し寄せている。1度目は09年6月に「グリーン革命」が起きたイラン。2度目は北アフリカ、なかでも地域最多の人口を擁するエジプトだ。

 いずれの場合も、オバマは2つの選択肢に直面した。改革を求める若者を支援し、アメリカの国益にかなう方向へ波を導くか。あるいは何もせず、反動の波が襲い掛かるに任せるか。

イランでは、オバマは何もせず、デモ隊は容赦なくたたきのめされた。今回オバマは両方の選択肢を選び、エジプトのホスニ・ムバラク大統領に辞任を促すかと思えば、おずおずと「秩序ある政権移行」を求めた。

得意の演説はこなしたが

 おかげでアメリカの外交政策は壊滅状態だ。エジプト軍内部のムバラクの側近だけでなく、カイロの街頭にひしめく若者も今やオバマに背を向けている。そして中東におけるアメリカの最大の盟友、サウジアラビアはムバラク支持を貫かなかった米政権に驚愕し、イスラエルはその無能ぶりに失望している。

 この失態は、首尾一貫した大局的な戦略を持たないオバマ政権が招いた当然の帰結だ。

 もっとも、全能の大統領など存在しない。だからこそ顧問がいる。つまり政策の真空状態の責任を問われるべきなのは、国家安全保障会議(NSC)。とりわけ、昨年10月まで安全保障問題担当の大統領補佐官を務めた無愛想な元海兵隊大将、ジェームズ・ジョーンズだ。

 優れた大統領補佐官は、国際関係についての深い知識と、省庁間の縄張り争いを制する手腕を併せ持たなければならない。その意味で、誰よりも優れていたのがヘンリー・キッシンジャーだった。

 キッシンジャーの最大の特質は、地政学的なリスクが渦巻く時代に、リチャード・ニクソン大統領と共に大局的戦略を練り上げた点にある。その戦略の基本は外交政策の優先順位を決定した上で、関連する重要問題で圧力をかけることだった。

 一方、ジミー・カーター大統領の未熟な戦略的思考は危機を招いた。79年に起きたイラン革命は、カーター政権にとって予想外の大事件だった。

 どこか聞き覚えのある話だ。「私たちはこの2年間、中東和平やイラン問題をめぐって戦略会議を重ねてきた」と、ある米当局者は先週ニューヨーク・タイムズ紙に語った。「そのうち何人がエジプト情勢の不安定化を考慮に入れていたか。ゼロだ」

 戦略的思考の本質はシナリオを想定し、それに対する最良の反応を熟慮することにある。だがオバマとNSCがしているのは、お得意の感情に訴える演説を用意することだけだ。

 09年6月、エジプトを訪れたオバマはカイロ大学でこう演説した。「アメリカとイスラム教は重なり合い、同じ価値観を共有している。正義と進歩、寛容と人類の尊厳という価値観を」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米下院補選、共和党候補の勝利確実に テネシー州

ビジネス

欧州10銀行、ユーロ連動ステーブルコインの新会社設

ビジネス

豪GDP、第3四半期は前年比2年ぶり大幅伸び 前期

ビジネス

アンソロピック、来年にもIPOを計画 法律事務所起
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 6
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中