コラム

習近平「新型肺炎対策」の責任逃れと権謀術数

2020年01月27日(月)11時37分

まず、李の補佐役として指導小組の副組長となっているのは、政治局常務委員の王滬寧である。筆者はこの人事を人民日報で知ったとき、まさに狐に包まれたような異様な感じを受けた。

王は今、党内きっての理論家としてイデオロギーや宣伝を担当している。しかし、学者出身の彼は、地方や中央で政治の実務を担当した経験は一度もない。はっきり言って、理論家の王に今の危機で何らかの問題処理能力を果たすことは全く期待できない。副組長として実務面で李をサポートすることはまずあり得ないが、その一方で政治局常務委員として、そして党内のイデオロギーの担当として、李の仕事に余計な口出しをしてくるのは必至だろう。王が副組長となったことで、ただでさえ無力な李はなおさら手足を縛られてしまう。

王を副組長に任命するこの人事を主導したのは当然李ではなく、王に近い習その人であると思われる。つまり習は、李に組長の大役を頼んでおきながら、安心して李に任せるのではなく、王を使って李首相を牽制したいのであろう。

副組長人事だけでなく、指導小組のメンバーの人選にも習の思惑が反映されている。

保健衛生の専門家がいない

新華社通信の発表で判明した指導小組の主要メンバーのうち、党中央弁公室主任の丁薛祥、党中央宣伝部長の黄坤明、北京市党委員会書記の蔡奇の3人がいずれも習の腹心の中の腹心であることは中国政界の常識である。上述の王滬寧を入れると、主要メンバーの半数が習近平派によって固められていることが分かる。

さらに奇妙なことに、主要メンバーには公安部長の趙克志や国務院秘書長の肖捷が入っているが、彼らと同じ大臣(閣僚)クラスの国家衛生健康委員会主任の馬暁偉や、衛生部長の陳竺の名前が見当たらない。

こうしてみると、危機の緊急対策本部としての疫情対策指導小組の人選は、実務重視・実行能力重視の視点から選ばれたわけでは決してなく、むしろ李への牽制という習の政治的思惑からの人事であることが一目瞭然である。

つまり習は国家の緊急事態に際し、自ら先頭に立って危機に当たる勇気もなければ責任感もなく、その責任を首相の李に押し付けてしまった。一方で、李に全権を委ねて李が思う存分仕事できる環境を作ってあげるのでもなく、逆に側近人事を行って李の仕事を牽制し、その手足を縛ろうとしている。

習のリーダーシップはもはや最悪と言うしかなく、この無責任さといい加減さで当面の危機を乗り越えられるわけはない。貧乏くじの役割を引き受けた李も要所要所で習の牽制を受け、きちんとしたリーダーシップを発揮できない。

このような指導体制で、今回の新型肺炎の事態収拾と危機克服は期待できそうもない。状況はまさに絶望的である。

20200204issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月4日号(1月28日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」特集。声優/和菓子職人/民宿女将/インフルエンサー/茶道家......。日本のカルチャーに惚れ込んだ中国人たちの知られざる物語から、日本と中国を見つめ直す。


プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米北東部に寒波、国内線9000便超欠航・遅延 クリ

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を

ワールド

和平望まないなら特別作戦の目標追求、プーチン氏がウ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story