コラム

習近平「新型肺炎対策」の責任逃れと権謀術数

2020年01月27日(月)11時37分

まず一つ不思議なことに、25日に新華社通信に配信された上述の共産党政治局常務委員会の正式発表は、「疫情対策指導小組」の設置を伝えたものの、誰かがこの「小組」の「組長」となっているかに一切言及してない。

何かの対策本部の設置を決めれば、同時にその長となる人事を発表するのは普通だ。事態が緊急である場合はなおさらである。しかし政治局常務委員会はどうやら、「疫情対策指導小組」の設置を決めておきながら、そのトップとなる人選を直ちに決められなかったようである。

「組長人事」はどうして迅速に決められなかったのか。考えられる理由の一つは、習近平国家主席自身を含めて中央指導部の誰もその役割を引き受けたくなかった、ということだ。

本来なら、習自身が「組長」の最適な人選である。国家の一大事への対処に当たって、共産党総書記・国家主席・軍事委員会主席として党国家の最高指導者・軍の最高司令官である彼こそ危機対策の司令塔の司令になるべきであろう。

実際、習は今まで前述の「中央財経指導小組」組長、「中央外事工作指導小組」組長のほかに十数の「組長」を兼任している。組長になることがこれほど好きな彼が今回の「疫情対策指導小組」の組長にならないのは、むしろ異例で筋が通らない。そして最高指導者の彼が進んで組長になろうとすれば、それを止める人も反対する人もいないはずである。しかし最高指導者の習は国家が存亡の危機に直面しているこの肝心な時に、先頭に立つことも全責任を負うことも拒否した模様である。

対策本部トップを引き受けた人物

最高指導者がこの有様では、共産党政権の新型肺炎対策はどこまで機能するか疑問だが、翌日の26日になると、疫情対策指導小組の組長人事がやっと判明した。李克強首相がそれを引き受けたのである。その日、李が組長として「疫情対策指導小組」の第1回目の会議を開いたと伝えられている。

この人事は普段なら「これでも良い」と思われようが、現在の重大なる緊急事態への対処に当たって決して強力な人事とは言えない。中国の場合、首相とはいっても、党総書記・国家主席・軍事委員会主席という三位一体の最高権力者よりはずっと弱い存在である。ましてや、「習近平一強」「習近平個人独裁」が確立されている現在、李が存在感の薄く権力も小さい、弱い首相であることは周知のとおりである。

この李が組長になっても、危機対策の司令塔としての役割を果たして果たせるかどうかは覚束ない。習ではなく李が組長となった時点で、疫情対策指導小組が強力な指導力を発揮することはもはや期待できなくなった、と言ってもいい。

これだけではない。さらに驚いたのは、李以外の疫情対策指導小組の布陣である。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

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